10. 式神召喚

「これを被れ」


 オカ先輩にジェットヘルを一つ渡される。

 被ってみると、バイザーに文字が浮かんだ。認証エラー。


「あ、エラーメッセージ出るかもしれないけど、気にしないでくれ。能力が使えないだけだから」

 ……何の話だろう?まあ、いいか。


 バイクの音がなんとなく普通のと違う気がする。ドコドコと言う感じが無い。まるでモーターのような音がする。


「これ何てバイクですか?」

「元はスズキのイントルーダーだが、ちょっと改造してる」


 かがみ込んでシート下を覗いてみると、奇妙な電気回路が光っているのが見えた。そして後輪のホイールを見ると、普通のホイールではなくカバーのような太い軸になっていて、火花が散っていた。


「ちょっとじゃありませんよね……」

「何のことかな?」


「後ろに乗れ。……んで、腰に掴まれ」

「掴まって良いんですか?」

「……しょうがないからな。いいか、イタズラするなよ?エッチな事とか」

「しませんよ」


 そしてバイクに跨がってオカ先輩に寄りかかって、腰に手を回した。小柄なのに腰回りは結構ボリュームがある。


「ひゃ!お前、その手つき止め……ああんっ!」

「ちょっと、何もしてませんよ!」

「指、指動かすの止め!」

「指動かさないと掴まれませんよ?」

「そっとじゃなくて、がっちり掴まれ。それならきっと大丈夫」

「じゃあ、そうします」


 言われた通り、しっかりがっちり掴まった。気のせいか、オカ先輩がプルプルしてる気がする。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫……行くぞ!放すなよ?」

「はい!」

 僕はオカ先輩にしがみついた。

「あぁんっ!」


 バイクはモーターの電子音とオカ先輩の声と共に鋭く加速した。


 そして、暫く下道を走り、高速へ入った。覚えているのはそこまでだった。だんだん意識が薄れて行った。


「あれ?」


 気が付くとガレージのようなところに僕は居た。オカ先輩が妙にモジモジしている。

「お前、バイクで私が運転してて抵抗出来ないからって、あれは卑怯だろう?」


 はて、何のことやら分からない。


「僕、何かしました?意識が飛んでたみたいで」

「……んもう!お前、私のち……ち……何でもない。着替えて来るから待ってろ!」

 そう言うと、オカ先輩は奥の扉へと消えた。


 周りを見回した。青い薄暗がりに色々な物が見える。鳥居や石、よく分からない呪術に使う木や金属の道具。そしてそれらとは真逆のハイテクな機械が光を放っていて、ケーブルがあちらこちらへと延びている。

 和洋折衷と言うか、ハイテクカオス神社と言うか。


 暫く待っていると、オカ先輩が私服に着替えてやってきた。カーディガンにチェックのミニスカートだった。背格好といい、高校生ぐらいに見える。


「さて、どうしようか……そうだな、実験も兼ねたいし……」

「今、ちょっと不穏なセリフが聞こえましたよ?」

「気のせい気のせい。そうだな……よし、あれを呼び出そう」


 オカ先輩は本棚から分厚く黒い本を取りだし、ページをパラパラめくった。

「これだな……」

 あるページをじっと真剣に読んでいる。

「先輩……それ何て言う本ですか?」

「んー?」

 オカ先輩は本を裏返して表紙のタイトルを読み上げた。

「君にも出来る、式神の召還の仕方99(サンプルデータ付)だな」


 初心者用のような……いや、マニアックだから初心者も何もないか。いや、そうじゃなくて。


 オカ先輩はコンクリートの床に四角い魔法陣のようなものをチョークで書いた。これで僕を守護する式神を呼び出すという。

 彼女は紙で人の形を折ると僕に渡した。


「これを持って、真ん中に座れ」


 言われるがまま、その中心の四角に座る。チョークで書かれた線が、キラキラと鱗粉のように光っている。


 そして日本酒を取り出し、お猪口に注ぎ、僕の周りに一つ二つと置いていく。


「いいか、そこから動くなよ?」

「……は、はい!」


 先輩が何やら呪文のようなものを唱え始めると、床に描かれた模様が光り始めた。


 すると、光の粒子が空中に現れ、僕の頭上で渦を巻き始めた。粒子は次々と現れ、一点に集中し、赤熱化していく。


 空中から電撃がチョークの跡に落雷が起こる。火花が線走り、煙が立ち昇る。

 光の球が明滅し、だんだん形になっていく。このシルエットは……人?


 ポンッ。


 煙と共に現れたのは、白いサラサラの髪の女性。黒い皮のビキニを纏い。尻尾が生え、耳が尖っている。そして片手にはビール瓶を握り、スルメを口に咥えている。


「んあ?」

 その存在自体はジト目でこちらを睨んだ。

「テレビを見ていたのに……なんぞ?」


「あれ?何か違うぞ?もっと低位のちっちゃいやつのはずなんだが?」

 出てきた存在を見て、オカ先輩が焦ってページをめくっている。

「あ、見るページ違ってた!」

 やりましたねオカ先輩!


「御神酒が足りておらんぞ?霊格に全然合ってない!……なめてない?」


 オカ先輩が大きな器を取り出し、そそくさと酒を注いで差し出す。


「あの、どなた様で?」

「ケイオス神の化身の分身と言うか。名前は無いが……そうじゃな……ケイ子ちゃんでいいぞ?」


 オカ先輩はさっきの本をパラパラとめくり、あるページで止まった。


「ケイオス神……しまった何だコレ。レベル高過ぎ?どうしよう」


 オカ先輩は本を精査し、対処方法を探している。

「酒?」


 ケイ子ちゃんはグビグビと御神酒を全部飲み干した。

「何じゃ?これだけかいのう?」

「ま、まだ有ります!」


 オカ先輩は棚の箱から高そうなお酒を取り出し、ケイ子ちゃんにお酌を始めた。彼女は段々上機嫌になって酩酊していく。


「あのー、ここにいる男なんですが……」

「何じゃ?」

「どうやら時空の狭間でさ迷っているみたいで」

「わしに、こやつを守護しろと?ふーむ」


 ケイ子ちゃんは僕に顔を近づけ、まじまじと見つめた。黄色く光る瞳がこちらを覗いている。瞳孔が縦に縮まった。


「おぬし、奇妙な波動を感じるの。存在が希薄のような……ふーむ?」


「で、どうしろと?」

「この世界から暫く消えてしまわないように出来ませんでしょうか?」

「普通は人間の面倒なぞ見ないのじゃが……」

 また僕を覗き込む。

「おぬし、少々可愛い顔をしたおのこじゃし、存在が面白い。力を振るうてみるか……」

 そう言って笑った。


「よろしくな。わしは暫く眠る。ブレスレットになるから身に付けとけ。守護する。あと用があったら呼べ」


 ケイ子ちゃんは一つの腕輪に変身した。僕はそれを拾い上げて左腕に装着した。すると声が聞こえた。


(あ、そうそう……呼ぶときはケイオースパワー!と叫んで腕を上げよ)

「叫ぶんですか?」

(カッコよかろ?)


 オカ先輩はまだウロウロして考えあぐねいている。

「制御出来るかなぁ……酒か……」


 ガレージの窓から朝日が差し込んで来た。


「とりあえず私は上で寝る。ああ、サンプル君、そこに簡易ベッドがあるから使うと良いよ……それとも一緒に?」

 オカ先輩は上目遣いでこちらを見つめた。

「遠慮しときます」

「イケズ……」

 そう言うと、オカ先輩は名残惜しそうに去って行った。僕はベッドに横になった。


(とりあえず、お金と住所を何とかしないと。総務に聞いてみるか……)


 そんな事を考えているうちに意識が遠くなり、いつの間にか眠っていた。

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