9. 僕に迫る危機


「お、岡本先輩〜!」

「ん?何だ?チューか?……ま、待て、待て待て。今は心の……準備が!んー!……いいぞ!」

 オカ先輩が目の前で目を瞑って待機している。


「……いや、あの、そういうつもりじゃ……」

「え?違うの?」

「あ、あのですね、実は……」


 僕はオカ先輩に、自分の部屋に別な人が住んでいたことを話した。


「はははっ!ほう。まあ、あるだろうな、そういうことは!」

「そんな、簡単に言わないで下さいよ……」

「他には何かないか?変わったこととか?」

「ああ、そう言えば定期が見つからなくて。あ、あと財布のお金が計算より減っているとか!」

「ふーん?」


 オカ先輩はしばらく夜空を見上げて考えていた。


「つまり、色々消えている」

「そうですね」

「……そう言えば君、傘とか言うアイテムを持ってるとか言ってなかったか?」

「ああ、ありますよ、ちゃんと……ここ……に……」

 カバンに入れていたはずの折り畳み傘が消えていた。


「やはりな」

「どういうことなんです?」

「んー、よく分からないが、元の世界に戻ってしまったか、単に消滅しているのか……」

「戻った?……しょ、消滅?」

「君と君の持ち物は、この世界にとっては「異物」だ。もし世界に意志と言うか自己調整機能があるのなら、異常な状態を検知して、正常な状態に戻そうとするかもしれん」


 オカ先輩はゆっくりと歩き回りながら何かを考えている。


「じゃあ、僕は元の世界に帰れるってことですか?」

「その可能性もあるが……消滅する可能性もあるぞ?」

「消滅って……もしや、死んじゃう?」

「どうだろうな。世界としては身元不明の死体が残るとまずいから、単にいなかったことになる方が都合が良いだろうな。君の持ち物のようにいつの間にかこう、パッと……」

「消える?」


「君、体の調子は?肉体に変化はあるか?」

 そう言われて、自分の体のあちこちを触ったりして観察してみた。特に異常は無いようだ。

「……いえ、特に無いようですけれど!」

「それは何より」

「良かった……」


 時刻は既に夜の十一時を過ぎていた。

「君、今夜どうするんだ?」

「会社の仮眠室にでも泊まろうかと」

「いや、危険な気がする」

「どういうことです?」

「君は今、次々と持ち物が消えて行ってる状態だ」

「ええ……」

「君自体はすぐには消えないような気がするが、朝になって、君の持ち物が全部消えていたら?」

「えっ……?」

「ストーリーはこうだ。……仮眠所で君は朝目覚める。荷物が消え、さらに君は自分の衣服が消えていることに気がつく」

「服?」

「君の持ち物だろう?」

「……そうですね……つまり……」

「生まれたままの姿の君が(グフフ)そこに」

「困ります!」

「君は素っ裸のまま、股間を手で隠して社内を衣服求めてさまよう。そして運悪く、そこに女子社員が……キャー!」

「いや、シミュレーションはいいですから!分かりました!」


 確かに自分の持ち物は消えている。オカ先輩の言っていたことは本当にありそうだ。

 社内ならまだしも、いや、良くはないけれど、どこかのホテルとか満喫とか行かなくて良かった。そんなところで素っ裸になっていたら……。

 しかし、いったいどうすればいいのか?


「あの、僕、どうすればいいんですか?」

「そうだな……そのままチンプラを受け入れるもよし……」

「いや、受け入れませんから!」

「んー……よし、ウチの研究所に来たまえ」

「へ?研究所?」

「私ん家」

「お邪魔してよろしいので?」

「ウチにはオーパーツとか、聖なる石とか、電気の力で浮遊する機械とか、色々あるしな。文献もいっぱいだ!何か対策出来るだろう。うへへ」


 何となくマニアックなのは分かった。面倒なので、あまり関わり合いたく無いタイプだ。しかし、ここは力を借りなければ。最後のうへへが気になるが。


「とりあえずー」

 オカ先輩は僕の額にペタリと紙切れを張り付けた。


「何ですか?これ?」

「それは災厄から守る効果があるという、ありがたーい御札だ」

「ああ、昔、中国映画でそういうの見たような」

「あれは死体を操る系のやつだが、まぁ似たような系統の呪術だな」

「呪術?……まさかとんでもない副作用とかあるんじゃ?」

「いや、無いと思うが。世界平和から隣の騒音軽減まで効果がある一般的なやつだったはず」

「……怪しいですね。というかそこまで範囲広いと、かえって信憑性が無いような……」


 オカ先輩は不機嫌そうな目でこちらを見つめた。

「……んじゃ取っちゃうけど?」

「いえ!すいません!いります!必要です!」

 この際藁は掴んでおく。



「じゃ、ちょっとバイク取ってくるから、そこで待ってて」

「バイク……?はい!」


 オカ先輩はそう言って闇の中へ歩いて行った。多分どこかに駐輪場があるのだろう。しかし、バイク通勤だったのか……。


 僕は額に御札を貼られたまま、会社の前の道端で待った。端から見たら、御札をつけてぽつねんと突っ立ている僕は妖怪変化の一種に見えるのでは無いだろうか?


 確か見た映画だと、腕をこう、前に出してピョンピョン飛び跳ねるんだったか。こう、こうか。僕はなんとなく真似をしてみた。


「やばいー!、終電終電〜!」


 そう言って会社から女の人が一人飛び出して来た。思わず目が合った。


「ひ、ひぃぃ〜〜っ!」


 彼女は悲鳴を上げてそのまま駅の方へと走って行ってしまった。……まあ、妖怪変化でなくとも明らかに不審者だよな。逃げるのは無理もない。ああぁ……変な噂が広がる。僕だと言うのがばれていないといいけれど。


 そんな感じに妖怪変化モドキ(誰だよ)が落ち込んでいると、甲高い金属音のような音が鳴り響いて、一台のバイクがやってきた。

 その乗っているライダーの背の低さ。全くバイクにスケールが合っていない。どう見てもオカ先輩だ。

 そしてバイクは僕の目の前で停止した。


 それはアメリカンのような低いバイクで、しかしカウルに覆われた近未来的なものだった。

 オカ先輩は水着の上にジャケットを羽織ってジェットヘルにゴーグルをかけている。


「待たせたな」


 彼女はゴーグルを外し、ウィンクしてそう言った。

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