8. 僕の居場所
その後、駅へ向かった。
到着して、カバンから定期を取り出そうとしたのだが、見つからなかった。
おかしい。カバンから出した覚えはない。会社に置いてきたか?
会社まで走って戻って、自分のデスクを見てみたが、やはり見つからなかった。これは落としたのかもしれない。
仕方がないので切符を買った。はぁー、無駄出費が。
ホームへ着くと、電車はすぐに来た。
いつものように電車が動き出し、車窓を夜の田園風景が流れ、やがて最寄駅に着いた。
駅前に出ると涼しげな風が吹いていた。そして駅前の光景が見える。チェーンの飲食店、ATM店舗。ローンの看板。 ロータリーで客待ちをしているタクシー。薄汚れたアーケード商店街。いつもの馴染みの風景だった。
異変はアパートの鍵を開けようとした時だった。
部屋の鍵が合わないのだ。
ガチャガチャやっていると、中からドアが開き、女の人がこちらを覗いてきた。
「何?部屋間違ってない?もしかして勧誘とか?そういうの良くないと思います、お姉さん」
二十代だろうか?茶髪で四角いメガネをかけて、タバコを燻らしている。用心深くキーチェーンはかかったままだ。
「あの、ここ……海野さん宅では……?」
「違いますよ。あたし山野です。海野?聞いたこと無いね」
「あ……いえ、どうやら部屋を間違ったようです。失礼しました」
バタン。ドアが閉まった。
ドアの隙間から見えた部屋の様子、生活感があった。つけっぱなしのテレビ、何袋ものゴミ、灰皿に積まれた吸い殻、脱ぎ散らかした衣類。
様子からすると、彼女はかなり前からあそこに住んでいる。そして、僕の物らしきものはまるで見当たらなかった。
部屋を間違えたのかと思って番号を確認したり、端からドアを数えてみたが、間違いは無かった。ここだ。
となると。
うん、僕の部屋が無い。
僕は夜の街を駅の方向へと歩きながら考えた。
理由は当然分かる。この世界では色々何かが違っているのだ。細かいところを含めて。しかし、よりによって自分の部屋が無いとは。
この世界で生活はしていたはずなので、どこかにあるとは思うのだが。
どうやって探せば……?部屋探し?そうだ駅前にアパルトマン24とかスンデルホームとかあったはず。
いやいや待て待て三太。新規で探してどうする?そうじゃない。落ち着け。
えーと、僕の住所を知っている人を探す!これだ!
そうだ!時田が知っているかもしれない。
僕は道端で立ち止まり、スマホで時田に電話をかけた。
「あ、三太?何〜?」
携帯にあった番号に電話をかけると、時田はすぐに出た。後ろでテレビの音が聞こえる。既に家に帰っているらしい。
「トキ、もう家?」
「うん、もう飲んでるよ〜」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聞いてみた。しかし僕の住所は知らないそうである。困った。
ウチに泊まるかと聞かれたが、既にかなり酔っ払っており、あてには出来なさそうだった。
しかも、ヤツの家はこれまた別の路線の郊外であり、一度中心部に戻り、乗り換える必要がある。行くのに時間がかかりすぎる。時刻は夜の九時を過ぎていた。
他の選択肢を考える。カプセルホテルとか安い宿に泊まる。ネカフェとかもありか。疲れそうだけど。
しかし、この辺はベッドタウンなのでその手のものは無い。街の中心部に戻ればあるのだけれど。ああ、戻るなら映画館って手もあるかも。
とりあえず、街の中心部に戻った方が良さそうに思えた。
しばし考えた後、僕は再び電車に乗り、会社のある駅に舞い降りた。夜も更けているので人気があまりない。
その閑散とした風景を見て、先程の相田さんとのことは本当だったのだろうか?と思った。どうも現実感が無い。
さて、どこに行こうか?財布の中身を確かめる。たしかまだ五千円ぐらいはあったはず……いや無い。
いや、正確にはある。二千円。いや、あるが、何か計算と違うぞ。電車代を考えてもおかしい。スリ?いや電車にはほとんど人はいなかった。
考えてみたが分からない。計算は自信があったんだが。
どうするか?お金を払って泊まる方法はほぼ無くなった。歩きながら考えた。公園で野宿。ベンチか?駅に泊まる。いや、時間で閉まっちゃうのかな?あとは……あとは……。
気がつくと僕は会社の前に来ていた。ああ、会社?会社泊まれるかも?
そう思ったその時。後ろから声をかけられた。
「おや、まだ帰ってなかったのか?」
振り返るとそこにはオカ先輩が一人佇んでいた。
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