7. 恋心
「……いえ!何でも無いんです!駅まで歩きましょう!」
目が合った途端、彼女はそう言って歩き出した。
狭い道は所々に水溜まりが出来ていて、歩ける場所が所々しか無かった。
そこを彼女は右に左にクルクルと水溜まりを避けて歩いている。何となく機嫌が良さそうに見える。
「あの……僕が僕で無いことは気にならないんですか?」
そう聞いてみる。彼女は足元の水溜まりを見つめながら答えた。
「そうですね……海野さんは、私のこと、別の人だと思ってます?」
「あ、いえ、そんなことは無いです。相田さんは相田さんです。素敵な人です」
「うふふ」
そう笑う彼女は大変美しく、僕のドキドキが止まらない。別な人なのかも知れないが、そんな事は関係ない。むしろ彼女はよりいっそう魅力的で、素敵で。
「あの、相田さん……僕……」
「はい?」
そう言いかけた時、車が一台、ヨロヨロと通過し、水溜まりをバシャリと跳ね上げた。
「キャア」
彼女は思わず僕に抱きついた。
「あ、ごめんなさい!そう言うつもりじゃ……」
彼女はそう言うが、僕を掴んで放さない。
「あの、私、海野さんのこと、何とも思ってないんですけど、あの、結構頼りがいがあって、あの、見た目は少しす……あ!いえ、格好いいかなって……それにさっき私のこと、素敵って言ってましたよね、それってそれって、つまり……」
彼女の潤んだ瞳がこちらを見上げた。思わずごくりと唾を飲み込む。
「海野さん……」
「相田さん、僕、相田さんのことが……」
次の瞬間、こめかみに突き刺さるような視線を感じた。多分効果音的にはピキーンとかキラリンとかだと思う。
慌てて周りを見回すと3本先の電柱の向こう側に、コンビニ袋を持ったオカ先輩が隠れてこちらを見ていた。目が合った。
「チッ」
そう言っているように聞こえた。
「岡・本・先・輩……!」
「えっ!あっ。あーーーーーっ!」
彼女も周りを見渡して岡本先輩に気付いた。あたふたとしてどうしようか二瞬ぐらい考えて僕から手を放した。
「わわわ、私、電車の時間だからっ!やだーっ、もう!」
顔を真っ赤にしてダッシュして走って行ってしまった。
「あーっ!相田さん!相田さーんっ!」
「偶然見かけたから、そっと見守っていたのに……全く……チューぐらいするかと思っていたら……」
オカ先輩はやれやれと言った仕草をしている。
「先輩……」
「何だい?私とチューするか?いいぞ、反応を見てみたい」
そう言って目を閉じて口をとんがらせた。
「し、しませんよっ!」
「えーっ、つまんないのー」
そう言って腕に抱きついて来る。
「ところでだな……」
「はい?」
「あの女、アイダホだったか?あれ気をつけた方がいいぞ」
「どういう意味ですか?」
「今ので、流石の君でも分かったと思うが、アイダホ君は君のことが好きだ」
「流石は余計です」
「でも、君の前にいた世界ではそうでは無かったろう?」
「ええ」
「つまり、あれが君がこの世界に来た原因の一つ」
「えっ」
「言ってみれば召還主と言うか」
「……」
「まあ、君もそれに応じたのだろうな。全ては関連している。君たちが仲良くなるのは、私は別に……構わないが、結果がどうなるのか予想がつかない。君が元の世界に帰れないこともあるかもしれん」
「なるほど……僕はいったいどうすれば……?」
「君が決める事だな。それじゃ、まだやることがあるんでな」
そう言うと、オカ先輩は会社の方へ消えていった。
僕は考えた。どうやらこの世界は相田さんと仲良くなれる世界らしい。それはとても良い。良いのだが……しかし?
そんなことを色々考えつつ、僕は駅へ向かったのだった。
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