6. 僕がこの世界に来た理由
伝票の整理は19時過ぎには終わった。
経理課の人数はもうまばらだ。先輩に報告を入れる。完了。
そして僕は社内チャットソフトを立ち上げた。
なんでも、このソフトは社内製らしい。オカ先輩が作ったのかもしれない。
しばらく探して、指定されたチャットルームを見つけた。
「どれだ……シズチー研究所。これか」
「ユーザー登録せよ?んじゃ、名前は『サンタ』で。パス入力と……」
チャットソフトのウインドウに文字が流れる。なんか黒バックに緑文字が流れてやたらSFちっくなんですけど。
システム:ようこそ、サンタさん
システム:サンタがログインしました
シズチー:やっほー、シズチーだよー。君、サンプル君?
サンタ:どなたですか?海野ですけど
シズチー:誰って、ここのヌシだよ。昼間に会った静子ちゃん
サンタ:……キャラが全然違うんですが……
シズチー:バーチャルに人格を求めてはいけない
サンタ:そう言うものですか……
システム:アイダホがログインしました
アイダホ:どうも、相田です。名前入力ミスしました……これ、どうやって直すんでしょう?
シズチー:プププ!
サンタ:相田さん……
アイダホ:だって変換候補でリターンキーがー!
シズチー:……大丈夫、大丈夫。後で直しておくから
アイダホ:すいません
シズチー:サンプル君、とりあえず状況を教えて
サンタ:そうですね……
僕は、朝のラッシュでの不思議な体験の話をした。
シズチー:なるほど。目眩がして気が付いたら世界が変わっていたと?……興味深いな。で、どこで違う世界だと気が付いたんだ?
サンタ:周りが水着を着てました!あと、細かいところも色々違います
シズチー:水着?君の世界では違うのか?
サンタ:僕の知っている世界では水着で外出しません
シズチー:なるほど。それは確かにパラレルワールドっぽいな
アイダホ:ちょっと待って下さい。サンタさんは別の世界から来た?
シズチー:そういうことになるね
アイダホ:別人?
シズチー:別人でも無いかな?バージョンが違うと言うか……
サンタ:僕、相田さんのこと知ってますよ
シズチー:ほらね
アイダホ:よく分からないけど……
シズチー:SFな概念だからね。パラレルワールドワールドは。仮説で示唆されてるが、実証はされてない
シズチー:色んな説があって。まるっきり別な世界だと言う説。つまり異世界。そして、もう一つ。この世界は元々パラレルワールドなのだと言う説。差が大きいと別な世界に見え、小さいと単に移動したように見える……
◇
シズチー:でだ、パラレルワールドだとして。何故君は来たのか?
サンタ:それです
シズチー:パラレルワールドに移動する原因はいくつか言われている。まず環境の変化による磁場の変化
サンタ:環境?
シズチー:急激に変わるとなるらしい。地震や天候、大きな天変地異が起きた時
サンタ:でも、せいぜい雨が強かったぐらいで
シズチー:強い雨なら多少はありそうだが……
シズチー:もう一つ。心が作用すると言われている。特に強く思う事があった場合、パラレルワールドに行くらしい。サンプル君、何かショックな事とか、強く願うこととかあった?
サンタ:いえ……なかったような。普通の通勤でしたし
シズチー:一説によると、その心が望む世界へ行くと言う話だ。つまり君は……水着が……
サンタ:……水着が見たかった!ああっ!僕はっ!
シズチー:……冗談はさておき、それは表面的なものだと思う
サンタ:表面?
シズチー:そういう世界だったと言うだけの話。別に水着を切望していた訳ではあるまい?
サンタ:……完全否定は出来ませんが、少なくとも意識したことはないです
シズチー:そう言うことさ
サンタ:じゃあ、一体……?
シズチー:心が影響すると言ったが、私が思うに、別に本人の心だけとは限らないと思う。他の人の心の可能性……
サンタ:つまり、誰かが呼んだ……?もしや、それって異世界召喚?
シズチー:今挙げた、環境の変化、本人が願った、誰かが願った。この三つが考えられる
サンタ:なるほど
シズチー:そして、別に一つとは限らない。複合要因かもしれない。それらが根本原因に作用したと。で、サンプル君?
サンタ:はい?
シズチー:君、アイダホ君のこと好きだろう?
サンタ:あの……本人の前だと言いにくいんですが、素敵な人だなって思ってましたよ
アイダホ:え?
シズチー:君はやはり正直だな、サンプル君
サンタ:でも、接点は無かったですよ。いいなって思ってただけで。憧れですね
シズチー:でも、仲良くなれたらいいなと思っていたね?
サンタ:そりゃもう
アイダホ:私……あの……
シズチー:何だい?アイダホ君?
アイダホ:いえ……何でも
シズチー:サンプル君……今回、君がこちらに来たのは、三つの要因全部関係していると言ったね
サンタ:はい
シズチー:一つは天候。もう一つは君の想い。最後の一つ、他の誰か。これなんだが……
アイダホ:あ、あたし、まだ仕事ありました!抜けままたおおhこさ!
システム:アイダホがログアウトしました
サンタ:あ、おつかれさまですー
シズチー:ちっ
サンタ:……忙しそうですね
シズチー:君、ニブイってよく言われない?
サンタ:?
サンタ:僕、元の世界に戻るにはどうしたらいいんでしょう?
シズチー:そうだな……何か天変地異でも待つか……あとは……
サンタ:あとは?
シズチー:んー、良く分からない。考えとくわ。んじゃ、まだやることあるから戻るわ。またね
システム:シズチーがログアウトしました
「それじゃ僕も抜けるかー」
システム:サンタがログアウトしました
チャットソフトを閉じた。
(原因……)
上から言われていた伝票の入力が終わり、帰り支度をした。
(そういえば、住んでいるマンション、ちゃんとあるんだろうな?無かったらどうすれば?)
などと考えつつ、出口まで来ると人影があった。
相田さんだった。水着の上にパーカーを羽織っている。
雨はもう小降りのようだった。
「あの……海野さん、駅まで一緒にいいですか?」
「ええ、いいですよ。……いえ、よろこんでです!」
「そんな……」
相田さんは照れているように見えた。おかしい……ここは一つ、僕とどういう関係だったのか聞いてみようか……いや、失礼かな……いや、聞きたいな。
「あの、相田さん」
「はい」
「聞いて良いかどうか、迷うところなんですけれど、僕は……こっちにいた僕とは同じではありません。分からないことがあるんです」
「ああ、パラレルなんとかでしたっけ?」
「はい。僕……あの……相田さんとどういう知り合いでした?」
「んと……顔は知ってたと言うか……こうして一緒に帰るのも初めてですよ。そんな親しくはなかったかな?」
「え?」
「あの……私、海野さんに言っておきたいことがあるんです」
「はい?」
「あの……私、海野さんのこと……」
夜風が吹き雲が流れた。月がビル街の上から僕らを照らし出していた。
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