4. オカルト先輩!

「んじゃ、俺、着替えて来るから、話は昼な」


 時田はそう言って階段横にある「男子更衣室」と書かれた部屋に入って行った。ここで着替えるのだそうだ。奥にシャワーもあるらしい。

 ここは確か、前の世界だと使ってない会議室だったような。


 そして、昼休み、社食で僕は時田に事情を話した。


 自分が知っている世界では雨の日は傘を差すこと、雨の日に水着を着る習慣は無いこと、電車の行き先が知らない地名であったこと。

 そして、世界が一瞬七色になる立ち眩みが起き、ホームで相田さんに出会ったこと。

 そう言う事を話した。


 きっと時田は一緒に親身になって、元の世界に戻ることを考えてくれると思ったのだが、奴が注目したのはそこでは無かった。


「相田ちゃんの、手ぇ、握った~?」

「う、うん」

「お前、急接近じゃないか!……どどどどどんなだった?柔らかかった?滑らかだった?」

「う……うん」

「三太!握手してくれ!握手!ほら!お裾分け!」

 そう言って時田は右手をまっすぐこちらに突き出した。

「いや……何か……見に見えない大事なものが減りそうだし、遠慮しとくよ」

「何だとー!てめ、三太!三太さん!お願い!」

 とりあえず嫌そうな顔を返しておく。


「くそう……お前いいなぁ、相田ちゃん……」

 時田はまだ残念そうにしていたが、話を続けた。


「それよりさ、この状況どう思う?」

「何が?」

「……話聞いてた?」

「相田ちゃんの手を触ったこと?」

「違う」

「相田ちゃんが七色だっけ?」

「いや……確かに一瞬そんな感じには見えたけど、そうじゃなくて!」

「電車が違うんだっけ?え?海パン?ピチピチパンツ禁止?気に入ってんだけどなあ」

「んー……ちょっと耳貸して」

 周りで昼食を取ってる他の人に聞かれないようにそっと時田に耳打ちした。

「うん、さっきもその言葉聞いたんだけどさ。その……パラ……何とかって何?」

「……パラレルワールド……」

「それそれ」


 そうだった……コイツは肉体行動派で本とかあまり読まないのだった。どうしようか?うーん。


「とりあえずさ、三太。良く分かんねーけど、別にそれほど困ってる訳じゃ無さそうだし、相田ちゃんとちょっと接近してるし、この状況いんじゃねーの?」

 時田は社食の「海老茄子天丼」の茄子に食いつきながらそう言った。


 時田の言うことも一理ある。確かに世界は色々な所で違いがあるが、別に生きるのに不都合がある訳じゃない。知り合いは居るし、ご飯はあるし、仕事はあるし。しかし……いいのか?


「んで、どーしたいの?何かやること有るなら力は貸すぜ?」

「んー、まあ、元の状態に戻りたいんだけどさ。方法あると思う?」

「俺、あんまそう言うややこしいの詳しくないからさ、うん、さっぱり見当もつかない!」

 元気良く答えられた。


「……あ!」

 時田が声を上げた。

「何か思いついた?」

「俺はさっぱり分からんけどよ、そう言うの詳しいヤツが……」

「誰?」

「いや、でもあまり関わり合いにならない方が……」

「どういう人?」

「……止めとかない?」

 時田の表情を見て考える。笑ってはいるが、何か嫌そうだ。


「情報システム部に、その……」

 時田は周りを少し見回して僕に耳打ちした。


「オカルト女史って呼ばれてる先輩がいてな。長い黒髪で無口で無表情で……」

「へえ、情報システム部とか、トキ、良く知ってるね。接点無さそうなのに」

「俺は直接知り合いじゃねえよ。ナベチーから聞いてんの」

「ああ、社内チャット仲間だっけ?」

「そうそう、アイツ顔広いから……どうする?」

「他には誰かいる?」


 時田はしばらく海老天の尻尾をコリコリ噛んで考えていた。


「……いや、知らんな」

「じゃ、一度聞いてみようよ」

「いやー、何か薄気味悪いらしいし、噂だと音もなく歩いて、壁、すり抜けるらしいぜ。あ、言っててゾクッとした!」

 時田は両腕を抱えて寒そうにしている。

「ああ、そうか、トキはそう言うの苦手だったっけ?」

「触らぬ神は毛がボウボウってヤツだよ。ばあちゃんが言ってた」


 そう言った瞬間、何か涼しげな空気が通り過ぎた。


「別に……壁はすり抜けませんよ……」


 微妙にエコーのかかったような声がした。


 横を見ると、サラサラの黒髪の背の低い女の子が、食べ終わった配膳を持って立っていた。

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