3. いつもの道、いつものアイツ

 改札を出るとまだ土砂降りの雨が降っていた。いつものようにバッグから折り畳み傘を取り出す。


 そして傘を開くと、周りから奇異な視線がこちらに集中した。通りすがりの人々が物珍しそうに僕の方をチラチラと見ている。


 周りを見回して気付いた。誰も傘を差していない。思わず傘を閉じた。

 皆、濡れるのが当然と言う感じでそのまま悠然と歩いている。まるでそこら中がプールサイドのようだ。


(もしや、この世界では傘が無い?その代わりに水着?)


 人々の目は気になったが、かといってスーツで傘を差さずに会社まで行く訳にもいかない。気にせず、そのまま傘を広げて踏み出すことにした。


 途中、最初の数分だけで、犬に吠えられるわ、不審尋問を受けるわ、怪しい宗教の人々に神と拝まれ、ついでに団子を供えられるわ。色々あったが、何とか会社が見えるところまでやって来た。


「ふう」


 息を付いて立ち止まると同時に、後ろからこちらをチラチラと覗く視線を感じた。どうやら僕が誰だか確かめているようだ。今度は何だ?

 そーっと後ろを見た。


「よう!」

 肩を叩いてきたのは、同僚の時田だった。いつもの茶色い髪に、いつもの軽いノリだったが、当然のように海パンだった。


「もしかして!三太かなー?と思ったら、三太さんじゃないですか!」

「トキ……この時間ってことは、君も遅刻?」

「ウチんトコの西北線、遅延しちゃってー!三太さんも遅延?あれ、そんな情報あったかなー?」

 時田はスマホで情報を確認している。

「あ、いや、僕はちょっと体調不良で。ホームで立ちくらみしちゃって……」

「あららー。大変ねー」

「まあ、大丈夫だったから(身体的には)」


 やつはこちらの傘をチラチラ見ている。

「今日は……変わったもん持ってるねぇ。しかも雨の日にスーツだし……何その手に持ってるの?ファッション?パリコレとかそうゆう系?」

「……ああ、うん、まあ、そう言う感じかな」

「目立つよーその格好。宇宙人が歩いてるのかと思った。あと何だっけ……コス……何だっけ?コスモス?それかと思った」


 少しムカついたので、いつものノリで――


(ああ、うん、道端で濡れたビキニ海パンで股間もっこりさせてるのも、僕的にはアウトなんだけどね!)


 ――とか言いそうになったが、多分こちらではそれが普通そうだったので、言わずに適当に誤魔化した。


「ははは、でしょ。でしょー!あはははは!」

 笑うしかない。気分的には合ってる。


 待てよ、確かに目の前の人は時田に見えるが、ここは別世界のはず。実は他の人?


「あのう……つかぬことを伺いますが……」

「あ?はい?」

 キョトンとした顔をしている。

「時田さんでらっしゃいますか?」

「……ええ、時田ですけど」

「大学の時にミス学園にアタックして撃沈した?」

 いきなり険悪な顔になった。

「三太……何、朝から人の過去の傷、掘ってんの?あれはちゃーんと意義があったの!一片の悔いなしなの!」


 悔いはありそうだが……間違いない。僕の知ってる時田だ。

「ごめん、ごめん。ちょっと本人かどうか確かめたくて」

「本人?何言ってんの?俺は俺でしょーが!この顔忘れたの?」

 そう言って鼻の穴をフガフガさせた。


 考えた。ここはいっそ本当の事を時田(だよな?)には言ってしまおうか?力になってくれそうな気がする。


「あのさ……ちょっと変な事言うと思うんだけど……聞いてくれる?」

「何?」

「僕がさ……僕だけど、僕じゃないと言ったら信じてくれる?」


「……はあ?」


 そして僕らは会社へ着いた。

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