九 水科邸

「――で、その巫女さんは何処にいるんだよ?」

一通りの事情を話し終え、漸く落ち着きを取り戻した煉が今最優先で解決すべき問題を提示する。

「えっと……雫さん、心当たりはありますか?」

「華澄ちゃんがいそうなところ……四鏡湖か自分の家、かな……」

「四鏡湖……儀式の場か」

多少の例外はあれど、幽霊が現れるのは死んだ場所か自宅のどちらかと相場が決まっている。

水科華澄の場合、前者は入水した場所――つまり四鏡湖が該当することになる。

「華澄さんにとって自分の家、って言うと……」

「水科邸。この村で一番大きなお屋敷よ」

「一番大きい……もしかしてあの家か?」

そう呟いた煉が指差す先には一際大きな屋敷の影があった。

「……なら水科邸の探索が先だな」

「そうだね、出来れば四鏡湖には行きたくないし……」

「え、何でだよ?」

「だって常世の闇の発生源がある場所だよ?そんな危険なところに行かなくて良いならそうしたいなって……」

「おいおい、いくら何でもビビりすぎだろ。常世の闇なんて本当にあるワケ……」

「煉」

それ以上言うなという意図を込めて睨み付け、口を噤ませる。

当然気まずい沈黙が流れ――

「と、とにかく!まずはあの家に行ってみようよ!ね!」

「あ、ああ、そうだな」

「……沙輝お前、怖がりな割にガンガン動くよな」

煉の思わぬ発言に沙輝はきょとんとした顔をする。

この流れでそんなことを言及するのかお前は、とは言わないでおこう。

「…………えっと、水科邸に行くのよね?」

「は、はい」

「…………とりあえず行くか」

「…………そうだな」

毒気を抜かれつつ水科邸と思しき屋敷の影がある方に向かって歩き出す。

仮に水科華澄を水科邸で見つけられたとしても会話が成立するかどうかは――今は考えないでおこう。


「……広いな」

「広いね……」

「いや広すぎだろこの家」

五部屋ほど調べ終えたところで三人同時にほぼ同一の感想を呟く。

この村で一番大きいと言われるだけのことはある広さだが、いくら何でも部屋の数が多すぎる。

あと何部屋調べたら水科華澄に遭遇出来るんだ。

「だ、大丈夫?少し休んだ方が良いと思うんだけど……」

「やっぱりそうした方が良いですよね……」

「さすがに休憩ナシで全部屋調べ尽くすのは無理があるしな……」

「……ならこの部屋を調べ終えたら一旦休むか」

出来ればここで目的を果たしてしまいたいところだが――そんな都合の良い展開が発生するはずもなく、またしても戸を開けた先が無人の私室であることを憂う羽目となる。

内装を見るにここは誰かの――恐らくは水科華澄の父親あたりの部屋だろうか。

「ここもハズレか……」

「めぼしいものがあるとしたら……まぁこれぐらいだろうな」

肩を竦めつつ煉が手渡してきたのは白い表紙の本だった。

「……また日記、か」

「有力な情報源ではあるけど、やっぱり気が引けるね……」

「不躾を承知で読むしかないのが現状だけどな」

こればかりは仕方の無いことだと割り切るしかない。


当主同士で話し合った結果、次の鏡の巫女には華澄が選ばれることに決定した。

大海の若当主は猛反対したが今和泉の娘が亡くなってしまった以上、あの子以外に鏡の巫女を務められる娘はいない。

常世の闇を抑えるためには必要な犠牲なのだと説き伏せどうにか引き下がらせた。

実の父親である私と同じくらい、いや或いは私以上に華澄のことを想ってくれているのはありがたいことだが当主は時として非情な決断を下さなければならない。

酷ではあるが、彼にはそのことを理解してもらわねば。


増池の倅は華澄にとって大切な存在のようだ。

幼い頃から共に過ごしてきたのだから当然と言えば当然なのだろうが、あの二人が楽しそうに話している様子を見るとそのことを再認識させられる。

だがあと数日経ったら華澄を離れへ隔離しなければならない。

鏡送りを行う前に鏡の巫女を清らかな状態にするために必要なことだと分かってはいるのだが、やはりあの二人を引き離すのは心が痛む。

二人とも物分かりの良い子ではあるが、今回ばかりは私のことを恨むだろう。

だが鏡送りを滞りなく行うためには仕方のないことなのだ。


鏡送りの日が近づいてきた。

華澄の様子は気になるが隔離されている鏡の巫女に近づくことは親であろうと許されていない。

今の私にできるのは華澄が鏡送りを無事成功させることを祈ることだけだ。


「……これもここで終わりか」

日記を閉じ、元あった場所であろう文机の上に戻す。

これまで読んだ日記の内容から、鏡送りに失敗したことで異変が起きたという沙輝の予想は当たっていそうだ。

「新しい情報は無さそうだったね……」

「そんじゃさっき見つけた大広間に一旦戻って……っ」

「……どうした、煉?」

「多分気のせいだと思うけど、向こうの廊下を人影が横切ったような……」

煉が言う向こうの廊下は屋敷の奥――まだ探索していない領域に向かって伸びている。

「もしかして、華澄さん……?」

「……追うぞ」

「あっおい鷹也!」

もし煉が見た人影が水科華澄ならこの機を逃すワケにはいかない。

せめて行き先だけでも突き止めなければ。

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