六 今和泉家
「ど、どうしよう……」
無我夢中で逃げ回り、気づけば二人とはぐれて一人ぼっち。
完全にやらかした。
迷惑をかけずに鷹也のお姉さん探しを手伝うつもりだったのにこれじゃ本末転倒だ。
「……挽回しなくちゃ」
僕に出来ること、僕がするべきことは何だろう。
――少なくともここで膝を抱えて震えながら鷹也か煉が迎えに来るのを待つことじゃないのは確かだ。
「まずは現状確認から」
今僕がいるのは壊れかけた家の中。
かつては客間として使われていたであろう場所。
何か使えそうなものは――
「…………あ、」
棚の傍に静霊鏡が落ちている。
かつてこの家に住んでいた人のものかもしれないけど、今は形振りを構っている場合じゃない。
少しの間だけ、拝借させてもらおう。
「えっと、次は確か……」
以前好輝おじさんが冗談半分に言っていた――もとい、教えてくれたことを必死に思い出す。
「心霊現象が発生している空間に閉じ込められた時はまずそれに関する情報を集めて発生の原因を突き止める。原因が分かったら解決する方法を考えて実行する……だったかな」
そうなると次にやるべきことは情報が集められそうな場所の捜索だ。
候補としては書斎あたりだろうか。
「この家に住んでた人の幽霊とかと遭遇しませんように……」
遭遇するなら幽霊よりも鷹也か煉か鷹也のお姉さんであってほしい。
「えーっと、次は鏡送りについて調べたいから……」
意外とすぐ近くにあった書斎にはいかにもという感じの資料がいくつも収蔵されており、今しがた手に取った本――鏡送リノ記録もその一つだ。
四鏡村を治める四つの家とそこから選出される鏡の巫女なる役職、そして鏡の巫女が達成を義務づけられる儀式――鏡送り。
その詳細がここに記されているはずだ。
鏡送りは四鏡湖の底に空いた
鏡の巫女に選ばれた娘は儀式鏡を携えて
鏡送りが成功すれば常世の闇によって淀んだ四鏡湖の水は澄み渡り、現世の安寧が保たれる。
「正直そんな気はしてたけど、やっぱり人柱の因習なんだね……」
寒村で行われている儀式が穏やかなものであることは皆無に等しい、と言っていたのは誰だっただろうか。
今はあまり関係の無い事柄ではあるけども。
「それにしても今度は常世の闇、かぁ……」
一つ答えを得たと思ったらまた一つ新たな疑問が浮かび上がってくる。
出来ればこれが最後であってほしいなぁ、と思いつつ目当ての情報が記されていそうな本――常世ノ闇ノ記録を手に取る。
常世の闇とは常世を包む淀んだ空気なり。
常世の闇は生あるものに呪いを齎し、死して彷徨う霊魂に歪みを与える。
常世の闇に包まれし地は正しき時の流れより外れ、異質な場へと変ずる。
常世の闇を現世に溢れさせることなかれ。
常世の闇が齎す災厄は人の手に負えるものではない。
「えっと……」
この書き方だと常世の闇が危険なものでだから溢れさせるな、ということしか読み取れない。
いや、そのくらい理解出来ていれば充分なのだろうか。
「……一旦纏めてみよう」
ポケットから手帳を取り出し、今まで集めた情報をペンで書き連ねていく。
まずこの四鏡村では常世の闇を抑え込むための儀式こと鏡送りが行われていた。
鏡の巫女は常世の闇を抑え込むために捧げられる供物であり、四鏡村を治める四つの家――水科、増池、今和泉、大海の中から選出される。
鏡の巫女に選ばれた娘は禊という体で十五日隔離された後、清め終わったその身を四鏡湖に沈める。
鏡送りが成功すれば封印が維持されるので常世の闇が溢れてくることは無い。
「……つまりこの村がこんなことになっているのは鏡送りに失敗して常世の闇が溢れてしまったから、かな?」
そうなるとこの異変を解決させるには――
「……ダ、」
「へ?」
「誰ダ、オ前ハ……!」
「う、うわあああああああああああ!」
いつの間にか目の前に立っていた幽霊を見て絶叫すると同時に静霊鏡を向けられたのは我ながら凄いと思う。
お陰で何か危害を加えられる前に幽霊を追い払うことが出来た。
「か、借りておいて良かったぁ……」
もし静霊鏡が無かったら――いや、考えるのはよそう。
「……あれ?」
ふと足元を見るとさっきまで無かったはずのもの――青い表紙の本が無造作に落ちている。
「本棚から落ちたのかな……?」
ぶつかった覚えはないけど、とりあえず軽く目を通したら本棚に戻しておこう。
今日も雨が止む気配はない。
田畑を潤し実りをもたらしてくれるのはありがたいがこうも長く降られると気が滅入って仕方がない。
ここのところ雫の体調が芳しくないのもこの雨が原因だろう。
雫は生まれつき身体の弱い子ゆえ気候の変化に対応しきれず体調を崩すことは幼い頃から頻繁にあったが、今日は殊更落ち込んでいるように見えた。
理由はおそらく先程遊びに来てくれた友人――水科の娘と遊べなくなったことだろう。
あの年頃の子どもにとって友人と一緒に遊べないことは何よりも耐えがたい苦痛だ。
あの子たちのためにもこの雨には早急に止んでもらいたいものだ。
そろそろ鏡送りの準備を始めなければならないが、一つ気がかりなことがある。
鏡の巫女を務める雫の体調だ。
普段でさえ些細なことで体調を崩しやすいのに禊――隔離なんてしたら余計に体調を崩しやすくなって最悪の場合――
考えたくはないがもしも、ということもある。
だがあの子の身体が鏡送りの日までもってくれることを祈るしかない。
離れに食事を運んでいた侍女から雫の訃報を告げられた。
鏡送りまではもたなかったが、今日まで生きてこられただけでも立派と言えるだろう。
出来ることならもっと穏やかな最期を迎えさせてやりたかったが、四家の娘として生まれた時点でそれは叶わぬ夢も同然の世迷い言だった。
当主同士で話し合った結果、新たな鏡の巫女には水科の娘が選ばれることになった。
彼女と親しく、彼女が鏡の巫女に選ばれる事態を防ぐために必死だった雫がこのことを知れば嘆くことだろう。
だが鏡送りを行わなければ常世の闇が溢れ出してしまう。
それを避けるためにも彼女には務めを果たしてもらわねばならない。
「……やっぱり鏡送りに失敗したからこの村はこうなったんだ」
もし成功しているならこの本――多分この家にいた人の日記には鏡送りをやり終えた後のことが書かれているはずだ。
日記の内容が鏡送りの準備に関する話の段階で終わっているということは、つまりそういうことだろう。
「……じゃあ、ほぼ確定かな」
この状況を打破する一番確実な方法はもう一度鏡送りをやって成功させること。
しかし鏡の巫女どころか村の住人全員が幽霊になってしまっているこの状況では実現不可能なので何か別の、実現可能な解決策を探さなければならない。
「……見つかるかなぁ」
とりあえず他の部屋を調べてみよう。
有益な情報が手に入れば良いのだけど。
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