二 四鏡村

「わかっちゃいたけど人気が無いなぁ……」

村の中は酷く静まり返っていて、寒気すら感じる。

ついさっきまでは日陰でも相当暑かったはずなのに。

「ね、ねぇ鷹也。幽霊と会話って成立するものなの……?」

「こっちに害を及ぼす気のない奴なら生きてる時と同じような対応をしてくれるはずだ」

そんな奴がいるとは思えないが、それは言わない方が沙輝のためだろう。

ただでさえこの手のことが苦手な奴を余計に怯えさせて良いことなんて一つも無い。

「……ん?」

「どうしたの?煉」

「あそこ、何か光ってないか?」

煉が指差した先には懐中電灯の光を反射する何かがあった。

恐る恐る近づいたそこにあったものは――

「鏡……か?」

大きさは掌に収まる程度。

形は丸く、赤い房飾りが二つついている。

「裏に何か彫ってあるな……静霊鏡せいれいきょう、作 吾妻匡壱あづまきょういち……」

「静霊鏡って確かお土産屋とかに売ってるお守りのあれだよな?」

「うん、彼我見市かがみしの伝統工芸品だよ」

そういえば学校帰りに見かけた覚えがある。

尤もそれはキーホルダーサイズのものだったが。

「……でもどうしてこんなところに落ちているんだろう?」

「この村の誰かが落としたんじゃないか?いや落とし物にしちゃデカすぎるか……」

「理由はともかく、お守りなら気休めくらいにはなるだろうさ」

「無いよりマシって奴か……ん?」

「どうしたの煉?」

「誰か、こっちに近づいてきてないか?」

「あ、ほんとだ」

確かに人影がこちらに近づいてきている。

「すみませーん、ちょっとお聞きしたいことが……」

声をかけようとした沙輝の顔が一瞬で蒼白になる。

理由は至極簡単、人影の正体が悍ましい姿の幽霊だったからだ。

「な、何だよあれ……!?」

「ア……アア……」

「――っ、二人とも下がれ!」

そう叫んで前に出るのと同時に幽霊は片腕を振り上げる。

「っ――――!」

反射的に両腕で頭を庇う姿勢を取ったが、痛みが襲ってくることは無かった。

「ギアアアアアアアア!」

代わりに響いたのは幽霊の断末魔。

まさか腕の間から顔を押さえながら消えていく幽霊の姿を見ることになるなんて思いもしなかった。

「な、何が起きたんだ……?」

「いきなり叫び声を上げながら幽霊が消えたように見えたけど……」

突然の出来事に混乱しているのは煉も沙輝も同じだった。

幽霊に影響を与えるものなんて何も――

いや、一つある。

「この鏡か……」

魔除けのお守り、静霊鏡。

これのお陰で窮地を切り抜けられたとしか考えられない。

「魔除けの力は本物みたいだな」

ここを出るまでは頼りにさせてもらうとしよう。

出来ればもう二枚、確保しておきたいところだが。

「あんなのがいるなんて相当ヤバいんじゃねぇかこの村……」

「もしかしなくても僕たち、来ちゃいけないところに来ちゃってるよね……」

「早いところ帰り道を探し出して……っ」

「煉?どうかし……」

「……?」

突然黙り込んだ二人が向ける視線の先にあるものを見て状況を理解し、息を呑む。

巫女装束の女が、さっきの幽霊とは比べものにならない威圧感を纏った存在がそこに佇んでいた。

「な、なぁ鷹也……その鏡でどうにかならないのか……?」

「無茶を言うな、あれはこんなちっぽけな鏡でどうにかできるものじゃない!」

格が違う、そう表現するのが適切だろう。

もしかするとこの村がこうなった原因は――

「…………」

巫女装束の女が一歩前に足を踏み出す。

たったそれだけの動作で威圧感が強くなる。

「っ……逃げろ!」

そう叫ぶと同時に竦み上がっていた二人の肩を押してその場から走り出させる。

あれを相手取ってはいけない、なるべく遠くへ逃げなければ。

二人の背中を追って走っている間、考えられたのはその二つだけだった。


「どうにか逃げ切れたか……?」

少なくともこちらに近づいてくる人影は無い。

安堵の息を吐こうとしたところである違和感に気づく。

「……煉?沙輝?」

いつの間にはぐれてしまったのだろうか。

同じ方向に走っていたはずなのに。

――いや、今留意するべきことはそれじゃない。

「何かある前に早く二人を見つけないと……」

今は姉さんを探している場合じゃない。

二人との合流を優先しなければ。

もし煉と沙輝の身に何かあったら――

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