鏡怪談 壱:鏡送りノ話
等星シリス
一 初夏ノ迷イ子
こんなところ、来るつもりなんて無かった。
足を踏み入れるつもりなんて無かった。
なのに、どうして――
「こ、ここまで来ればも、もう、大丈夫……よね……?」
後先考えずに走ってしまったが、どうやらうまく逃げ切れたらしい。
「また見つかる前にこの村を出なきゃ……」
でもどこに行けば良いのだろう。
それらしい場所はもう調べ尽くしてしまったはずだ。
「まだ行ってないところ、あったかな……」
あまり動き回りたくないが、いつまでも同じ場所に留まっていたらまた見つかってしまうかもしれない。
それなら少しでも動いて、脱出の糸口を見つけなければ。
でないと、私は――
――
正確には論文に使う資料を集めるためフィールドワークに行くと言って出かけたきり一切の音沙汰が無い。
捜索願を出して警察にも探してもらってはいるが、今のところ所持品のひとつすら見つかっていない。
警察をあてにしていないというわけではないが、自分で探した方がもっと早く見つけられる気がする。
――そう安易に考え、実際に行動を起こしてしまった。
両親には友達と遊びに出かける、と嘘を吐いて家を出てきた。
――最初は俺一人で行くつもりだった。
けれど紆余曲折あって煉と沙輝も同行することになった。
――今思えば、二人の同行を何が何でも拒否するべきだったのかもしれない。
「っだあああぁもう!いくら何でも暗すぎだろ、この森!」
真昼とは思えないほど鬱蒼として暗い森の中で苛立った叫び声が響き渡る。
「
「いやだってよぉ……!」
「確かにここは暗いけど、そのお陰で涼しいのは良いことじゃない?」
「ま、まぁ確かに暑いよりはマシか……」
俺はどうにもこういう気配りが苦手なのでそれが上手い沙輝は別次元の存在に見える時がある。
感情の切り替えが早い煉についても同様ではあるが。
「……なぁ
「いや、なるべく固まって動いた方が良い。効率よりも安全が優先だ」
森の中は元より迷いやすい場所であり、その上ここには暗くて見通しが悪いという悪条件が追加されている。
もしはぐれでもしたらあっという間に方向感覚を失って迷子になり、この森の中で生涯を終えることになりかねない。
「姉さんもここで迷って帰れなくなったのかな……この半月の間ずっと、ってことはさすがに無いだろうけど……」
などと非現実的ではあるが筋の通ることを考えていた時だった。
「――なぁ鷹也、沙輝」
「ん?」
「何?」
「あれ、何だと思う?」
煉が指差す先にあるものを目にし、自分の浅はかさを理解したのは。
「……村、だな」
最悪だ、よりにもよって――
「確か大分前に自然災害で壊滅した村がこの辺りにあったって
「壊滅してるんだったらあそこには誰もいないだろうな、引き返そうぜ」
「……どうやって?」
「えっ?」
煉と沙輝がほぼ同時に間の抜けた声を上げる。
当然と言えば当然の反応だ。
「どうやって、って勿論来た道を戻っ……え、」
現状を理解すると同時に二人の顔が一気に青ざめていく。
「み、道が無くなってる……どうして……?」
「いやいや、どう考えてもおかしいだろ?さっきまであったはずのものがいきなり無くなるなんてこと、有り得るワケが……」
「――そういう有り得ないことを引き起こすのが幽霊や怪異の類なんだよ」
本当はこんなこと言いたくなかった。
でも断言するしかない、これは異常事態であると。
「……鷹也、もしかして何か見えたの?」
「はっきりしたものはまだ何も。……そこら中から嫌な感じはするけどな」
いくら霊感が強くても遙か遠くにあるものは認識できない。
漠然とした気配を感じ取るのがやっとだ。
「……なぁ鷹也、俺たちどうすれば良いんだ?」
「どうするもこうするも、あの村に行くしかないだろう」
「やっぱりそうなるよね……あ、もしかしたら鷹也のお姉さんがあの村にいるかもしれないよ」
「……だと、良いけどな」
沙輝の言うとおりあの村に姉さんがいる可能性はある。
問題は生きているかどうか、なのだが。
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