第5話 あの日から、もうすぐ五年経つ……
聖はベッドに横たわる少女を覗き込んでいた。
からだ中には痛々しいほどに、いくつものセンサー類が取りつけられていた。そのセンサーが読み取るヴァイタル信号は、どれも規則的なピッチをなだらかに刻んでいて、安静な状態を示していた。
「ごめんな、冴。またおまえがいた時代じゃなかった」
聖は妹、
『双子だったなんて言っても、もう誰も信じてもらえないな……』
聖は嘆息しそうになったが、すぐに顔を天井にむけてふっーと息を吐いた。
『冴の前でため息はだめだよな』
聖は冴の腕をかるく擦った。ちいさく細く、白くて、柔らかな腕だった。
『冴……、あの日から、もうすぐ五年経つよ……』
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「女、子供が先だ!」
豪華な客船の甲板の上でおびただしい人数の人々が蒼ざめた顔で右往左往していた。
そのなかでも、船員の指示に従いながら、優先的に救命ボートに乗り込んでいく女性たちがいた。そこにいる人々のほとんどが豪華なドレスや高級そうな装飾を身に付けていて、ひとめでお金持ちであることがわかる。しかし今はそのドレスの上に味気のない救命胴衣を着ていて、身なりに構っている余裕はない状況だった。
「船を降ろすぞ」
船員の声とともに、救命ボートが船の横腹に沿いながら、ゆっくりと海面へと降ろされていく。
その時、パーンというおおきな音とともに、夜空に救命信号弾の花火が炸裂した。
船尾の甲板のうえに立ちつくしている少女が、思わず上空を見上げる。光に照らしだされる少女の顔。だが、その少女の出で立ちは、救命ボートで脱出した人々とは異なり、簡素でみすぼらしさすら感じさせる。
その少女の頭上に、ふいに幽体とも思えるような、不思議な顔が浮き出た。少女よりもう少しだけ年上の少女。あきらかに東洋の血をひいている顔だちだった。
『おにいちゃん…ここはどこ…どこなの?…』
そう少女が呟いた時、ふいに中空に少年の姿が現れた。夜空から降ってきたとも、別の空間から飛び込んできたともとれるほど、あまりにも唐突な出現だった。少年はそのまま甲板の上に落下して、ごろごろと転がった。
「おにいちゃん!!」
少年はすぐに立ちあがると、意識をしっかりさせようとして、頭をふりながら少女のもとへ歩き出そうとした。が、ふいに船がぐっと傾いだ。
そこかしこで悲鳴があがる。
少女は「きゃっ」とちいさな悲鳴をあげるなり、バランスを崩して転げそうになった。からだが空中で泳ぎそうになるが、その手を少年の手がしっかりと掴んだ。
「大丈夫」
そう言った少年の顔を少女が見つめた。
まだすこしあどけなさが残る少年時代の
「おにいちゃん」
手を掴まれた少女の頭上にうかぶ、妹、
「冴!。戻るぞ」
「おにいちゃん、ここ、どこなの?」
「知らない。でも、ボクらがいるトコじゃない」
セイは天空にむけて、空いているほうの手を伸ばした。すると、手の先から光の粒子が漏れではじめて、眩い光を放ちながらだんだんと濃くなってきた。
「おにいちゃん、それはなに?」
「ぼくもわからない。でもこうすれば、元の世界に戻れるって……なぜかわかるんだ」
セイは自分の手のひらの周りに集まってきた光を不思議そうに見つめたが、突然、妹の冴の手をにぎる腕を力いっぱい引っ張られた。冴の手が聖の手からはなれる。
セイがはっとして冴のほうへ目をむけると、帽子を目深にかぶった背の高い男が冴の肩を掴んでいた。
「なにをする!」
聖は思わず声を荒げた。ふいに月明かりに照らされて、帽子の下の顔が垣間みえた。
そこに顔はなかった。
ただ、黒い空間の中から冷たい目だけが光っているだけだった。
セイは
「きさまぁ、冴をはなせ!」
セイ、光の粒が宿っている手の方で拳をつくると、顔なし男へ殴りかかった。その拳が男のからだを掠める。拳が掠めた男の腰の部分が、おおきくえぐれて黒い穴を
「ほう……、こんな力をもつ人間がいるのか?」
だが、その声はまるで動物の鳴き声、機械の音、ともつかないくぐもった響きで聞いたこともないほど耳障りなものだった。「声」とは呼べない「音」だったが、セイの耳にはそう、はっきりと聞こえた。
冴が憑依していた少女が恐怖に顔をゆがめて、セイのほうへ手を伸ばした。
「助けて!」
セイも手を伸ばしたが、その手には先ほどまで宿っていたあの不思議な光の粒はいつの間にか消えていた。
男がにやりと笑って、なにもない空間に手を突き出した。
その瞬間、セイのからだは空中に突き飛ばされていた。どこも触られてないはずなのに、もの凄い力で押されて、そしてうしろから引っ張られていた。一瞬にしてセイのからだは甲板から飛び出し、漆黒に染まった冷たい海にむかって落ちていった。
「さえぇぇ〜〜」
セイは力の限り叫んだ。
「おにいちゃあ〜〜ん」
冴の声がかすかに聞こえた。
セイが最後に見たのは、船尾に取り付けられたこの客船の船名だった。
「TITANIC(タイタニック)」
だが、それも一瞬だった。
暗い深淵に引きずり込まれたセイは、そこで意識をうしなった——。
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