第4話 昏睡病……『現世』の魂が『前世』の記憶に取り込まれ帰ってこれない病気
昏睡病——
二十世紀末からひそかに流行をはじめた奇病。それに
専門医からは「脳は活動していているのに、『魂』だけが、『自我』だけが、戻ってこない」。そんなイメージで語られる。
だが、その『魂』は自らの、ある『遺伝子』に
だれもが『DNA』を通じて継承する『前世の記憶』という『遺伝子』に。
もしそのなかに『沈潜』してしまったら、『魂』にそこから生還する方法はない。
たったひとつの方法を除いて——
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『さすが、聖ちゃん。
そこは十メートル四方ほどの広さのプールが、2メートルほどの間隔で仕切られた施設だった。水深は一メートもなかったが、周りはすべて透明なガラスで仕切られ、四方から全部見えるようになっている。そのプールには仕切りごとに、大仰なアームが十数基もついた大型の機器が
聖はそのプールの水底に、四肢を伸ばして横たわっていた。その顔にはゴーグル、口元には酸素を供給するマスク、そしてからだの各所にはセンサーが貼り付けられており、ヴァイタルデータを計測していた。
ガラス面に映る自分の顔をかがりは覗き込んだ。
むかしから学級委員長タイプだと言われてきた、まじめを絵に描いたような顔がそこにあった。どちらかといえば美人にはいるほうだという自負があったが、生来の性格のせいで、気をつかわずにすむような友人に恵まれたことはない。
ふいに聖の隣の水槽に横たわっていたマリア・トラップが、がばっと体を起こして立ちあがると、大声で訊いた。
「おい、
かがりは思わず吹き出した。どんなときでも戻ってくるときは、いつもマリアが一番早い。むこうの世界でどんな活躍をしているかは、伝聞でしか知らなかったが、よっぽど結果に興味があるのだろう。
「マリア、大丈夫よ、目を醒ましたってお父さんが言ってたわ。それに、しけたおっさんじゃなく、ドナルド・カードさん……」
「そうよ、失礼よ、マリアさん。アメリカの次期大統領って言われている人ですよ」
反対側の一角の水槽から、濡れた髪の毛の水滴を手で梳きながらエヴァ・ガードナーが口を挟んできた。
最後に戻ってきたのは聖だった。聖はゆっくりとゴーグルと呼吸器を外しながら、プールからからだを起こしてきた。
「聖ちゃん。お疲れさまでした」
かがりがバスタオルを差し出しすと、聖はすこし気落ちした様子で「かがり、今日も冴のいる時代じゃなかったよ」と一言だけ呟いた。毎回のことだったが、かがりはこんな時、なんて声をかけていいかわからず、いつも聖がプールからあがる様をじっと見守るだけだった。
「シャワー浴びてくるよ」
聖はそれだけ言うと、出口のほうへ歩いていった。が、反対側からドアが開いて白衣姿の夢見輝男が部屋にはいってきた。
「お父さん」
かがりが声をかけたが、父、輝男はうれしそうに目の前の半裸の聖をハグした。
「やぁ、聖。さすがだな。依頼人はワシントンのラボで、無事、覚醒したそうだよ」
「まぁ、簡単な敵だったからね」
「それだ。大統領候補なんて聞いてたのに、あんなしょぼい前世とはな。まったくがっかりしたぞ」
タオルでからだを拭きながら、マリアが悪態をついた。
「マリア、なにを偉そうにしてらっしゃるの。あなたが倒したわけじゃないでしょう……」
「それはエヴァ。おまえも一緒だ」
「んまぁ、そうですが……。あの隊長は強すぎましたわ」
「時間があれば、オレだって倒せたぞ」
「時間があればでしょ……」
「はぁぁ。これでもオレは
「それならわたしだって……。これでもマインド・ダイバー財団のS級エージェントのライセンス所持してるんですよ」
マリアとエヴァの落ち込んでいる様子をかいま見て、かがりが尋ねた。
「ねぇ、聖はそんなに強いの?」
マリアとエヴァがふたり同時に、バッとかがりのほうをみた。その勢いのあまり、まだぬぐいきれていない水滴が、かがりの顔に降りかかる。
「聖が強いか?、ですって」とエヴァがヒステリックな声をあげた。
マリアがかがりの目を睨みつけて、忌々しげに言った。
「あんなに楽しそうに、人類の歴史をもてあそぶ奴は、ほかにいねぇよ」
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