《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第16話 騙し合い

「テメェがこの蛇共を操ってやがったのか」


 サークの指摘に、しかしアルマの飄々とした態度が崩れる事はない。


「別に操ってたつもりはないぜ? コイツらはただ、獲物目掛けて本能で襲いかかるだけだしなァ」

「仲間である事自体は、否定はしねえみたいだな」

「まあなぁ。取り繕っても、そっちにはセシリアちゃんがいるしなァ?」


 言ってアルマが、セシリアに視線を向ける。途端セシリアの心を、かつての記憶が支配した。

 かつてセシリアは、この男に玩具にされた。散々に痛め付けられ、そして、汚された。

 その恐怖が、セシリアの胸に今、まざまざと蘇った。


「……っ、どうして……」

「あァ?」

「どうして……っ、あなたがここにいるのっ……あなたは、トキさんが……っ!」


 震える声でセシリアがやっとそう言うと、アルマは口角を更に吊り上げた。そして、事も無げにこう言う。


「あのガキの殺り方が甘いせいで生き返っちまったわ。ワリィね」

「……!」

「……話は見えねえが、敵って事に間違いはねえみてえだな」


 サークの鋭い視線が、アルマを射貫く。アルマは小さく息を吐き、軽く肩を竦めた。


「正義の味方って奴か? 面倒臭えな」

「違うな。俺はただ――」


 言ってサークが地面を蹴る。そしてアルマが反応するより早く、その懐に飛び込んだ。


「――気に食わねえ奴はぶちのめす。それだけだ」

「チイッ!」


 アルマは腕のガントレットで、ギリギリのところでサークの首を狙った曲刀の一撃を受け止める。だが直後に、サークの空いた拳がみぞおち目掛けて飛び込んできた。


「ぐ……っ!」


 当たる直前に後ろに飛ぶ事で、アルマは辛うじて拳の勢いを殺す事に成功する。しかしそれでも通ったダメージは重く、アルマの表情が苦痛に歪んだ。


「らあっ!」


 そこにアルマの着地を見計らった、サークの回し蹴りが飛んだ。これには流石のアルマも為す術がなく、辛うじて腕でガードはしたものの、横の木に向かって吹き飛ばされた。


「ぐはっ!」

「まだまだ!」


 それを追って、サークが大地を蹴る。しかしその足下から、無数の小さな黒蛇が湧き出てきた。


「っ!?」

「ハッ、やられっ放しでいてたまるかよ……!」


 黒蛇はサークの足を止め、体を這い上がり、覆い尽くしていく。その光景に、セシリアは悲鳴を上げた。


「サークさん!」

「俺を吹き飛ばしたのは間違いだったなァ。俺はこっちの間合いの方が得意なんだよ」


 やがて黒蛇の群れが、サークの頭まで到達する。だが――頭を黒蛇に飲まれる瞬間、サークは確かににぃ、と嗤った。


「――爆ぜな!」

「何っ!?」


 サークの声と共に、黒蛇が一斉に吹き飛んだ。セシリアは何が起きているか解らず、呆然とサークを見つめる。

 見れば吹き飛んだ黒蛇は、土の塊にしがみついていた。更にサークの横には、いつの間にか、筋骨隆々の小さな人型が浮いている。


土の精霊コイツに俺と蛇の間に、土の膜を張らせた。残念だったな、色男」

「ク……クク……ハハハハハ!」


 曲刀を構え直すサークに、しかしアルマは可笑しげに嗤う。それにサークが眉根を寄せていると、アルマはこう宣言した。


「感謝するぜ兄ちゃん。……思い通りに動いてくれた事をな!」

「……! まさか!」


 即座に、サークがセシリアの方を振り返る。するとセシリアの体はいつの間にか、無数の黒蛇に覆われていた。


「あ……ぅ……」

「プギ、プギ!」

「ガウゥッ!」


 側にいたアデルとステラが黒蛇を引き剥がそうとするが、幾ら剥いでも黒蛇は無数に湧いてくる。そしてセシリアの体を、徐々に地面に沈めていった。


「セシリアちゃんの守りを解いてくれてありがとよ。俺はハナから、お前なんて相手にしてねえんだよ。俺の狙いは――こっちセシリアだ」

「クソが!」


 サークがそれを阻もうと、術者であるアルマに向けて土の棘を飛ばす。しかしそれは、アルマが放った闇の球に打ち砕かれた。

 そして、抵抗も空しく。セシリアの体は、地面に沈んで消えた。


「さて、用事は済んだ、と。……が、お前、厄介だな。もう手加減もしなくていいし、ここでサクッと殺っとくか」


 アルマが立ち上がり、その身に黒蛇を纏わせる。それを見たサークは、残されたアデルとステラに叫んだ。


「逃げろ! お前らを守ってる余裕はねえ!」

「逃がしてみろよ。……出来るならな」


 そのアルマの声に応えるように、再び黒い大蛇も姿を現す。サークは覚悟を決め、両手で曲刀を握った。

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