《ドア×還らずの館》第9話 旅立つ理由

「……よし! 出来たぁ!」


 一体どれくらい、くぅと紙とを何度も交互に見るシャルロットを眺めていただろうか。突然シャルロットが、そう言ってバッと顔を上げた。


「描き終わったの、シャルロットさん!?」

「うん! 見て!」


 目を輝かせながら、シャルロットが画板に置いていた紙を見せる。そこにはくぅと同じ髪型をした子供が描かれていた。

 正直に言ってしまえば、あまり上手とは言いがたい。描かれている特徴からギリギリくぅだと判別出来る、その程度の腕前だ。

 しかしそのタッチには、どことなく温もりがあり。見ていると、不思議と暖かい気持ちになる。

 シャルロットの絵は、そんな、彼女の人柄をそのまま表したような絵だった。


「うん! 可愛い! あたし、この絵好きだよ!」

「ほ、ホント!?」

「ああ。シャルロットらしい、いい絵だ」


 二人の賞賛の言葉に、シャルロットの顔が耳まで紅くなっていく。恥ずかしそうに俯いたシャルロットは、困ったように、けれども嬉しそうに、小さな声で呟いた。


「……褒めすぎだと思うけど……でも、ありがとう……嬉しい……」


 シャルロットがそう言った瞬間、くぅとロディの目が合った。直後、どちらからともなく零れた微笑みに、くぅはロディと本当に解り合えたと感じたのだった。


「良かったな、シャルロット。最後にいい思い出が出来た」

「え?」


 しかし、ロディが続けて告げた言葉に、くぅは思わず声を上げてしまう。

 くぅ達が発つ日を、二人が知っている筈がない。そもそもくぅ自身ですら、出立がいつになるかまだ夜さまから聞かされていない。

 ならば――。


「……黙っててごめんね、くぅちゃん」


 顔を上げ、シャルロットが笑みを作る。それはどこか、物悲しい笑みで。

 そして、シャルロットは、その一言を、真実を、言った。


「私達……今夜、この街を出るの」

「え……」


 まるで脳天を金槌で殴られたような衝撃が、くぅを襲った。今までくぅは、自分がシャルロットを置いていく事ばかり考えていた。自分の出立の時が、シャルロットとの別れの時なのだと。

 だが、もし、明日くぅがまだこの街にいたとしても、もうそこにシャルロットはいないのだ。


「ごめんね……くぅちゃんと過ごす時間が楽しすぎて、どうしても言えなかった……」

「どうして……? 皆に冷たくされてるから?」

「ううん、この髪と目の色で差別されるのは、きっとどこに行っても変わらないよ」

「じゃあ、何で……」


 まるでシャルロットを責めているようだと自覚しながらも、くぅは聞かずにはいられなかった。身勝手な事は解っていた。シャルロットがこの街を出なくとも、遠くない日にどのみちくぅは旅立たなくてはならなかったのだから。

 それでも、自分でもどうしようもないほどに、胸がざわついた。置いていかれる・・・・・・・。そう思うと、嫌で嫌で堪らなくなった。


(いなくなる。シャルロットさんも。■■■みたいに)


 その時咄嗟に浮かんだ考えに、ハッとなる。自分は取り残された・・・・・・・・・。何故か強く、そう思った。


 だから・・・自分は・・・旅に出たのだ・・・・・・


「……私達、事情があって、一つの場所に留まる事が出来ないの」


 眉を下げ、本当に悲しそうにシャルロットが言った。


「旅立つ準備は、もう殆ど出来てた。未練もない筈だった。……くぅちゃんに出会うまでは」

「あたしに……?」


 問い返すくぅに、シャルロットは小さく頷く。そして口元に、小さな笑みを浮かべた。


「この三日間が、この街で暮らして一番楽しかった……一番、楽しかったの」

「お前がこの街を発つまで出発を待って欲しいと、シャルロットには言われたが……準備が整っている以上、あまり予定も延ばせなかった。すまないな」


 今までと打って変わって、本当に申し訳なさそうに言うロディを見てくぅは悟る。シャルロット達の旅立ちは、決して自らが望んだものではない事を。

 そして思い出す。くぅが追いかける『サガシモノ』も、好きで自分を置いていったのではない事を。

 そうだ、だからこそ、自分は――。


「くぅちゃん」


 シャルロットの目が、真っ直ぐにくぅを見つめる。まるで縋り付くような、そんな目。


「もう二度と会えなくても……私の事、ずっと忘れないでいてくれる? ずっと友達でいてくれる?」


 その視線に、くぅは強く頷き返す。悲しい気持ちが消えた訳ではない。それでも彼女には、晴れやかに旅立って欲しかったから。


「勿論。あたし達、ずっと友達だよ」

「ありがとう……くぅちゃん、大好き……」


 くぅの返事に嬉しそうに微笑んだシャルロットの瞳から、涙がひとしずく、頬を伝って落ちた。

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