《ドア×還らずの館》第8話 はじめてのおえかき

「うーん……」


 先程から、シャルロットは真っ白な紙を凝視しながら呻き声を上げている。それを見て、くぅはシャルロットの事が心配になってきた。

 シャルロットが自分の絵を描きたいと言ってきた時、くぅはてっきりシャルロットもロディほどでなくても絵をよく描いているのだと思った。しかしそれは、どうやらくぅの早とちりだったらしかった。


「うーん……」

「あ、あの、シャルロットさん……」

「ダメ! 動かないで!」

「えっ、あ、ごめん!」


 どことなく放って置けずにシャルロットに話しかけるものの、必死な形相でそう拒絶されてしまえばそれ以上は何も言えず。くぅに出来る事は、ただハラハラしながらシャルロットを見守る事だけだった。


「……シャルロット、お前がそんなに緊張してどうする」


 唸るばかりで一向に筆が進まないシャルロットを見かねてか、その様子を傍らで見ていたロディが溜息を吐きながら口を挟む。するとシャルロットは途端に涙目になって、ロディを振り返った。


「ううぅ……だってぇ……」

「描き手の緊張はモデルにも伝わる。お前がそんな調子じゃ、こいつも不安になるだろう」

「うぅ……」


 ロディの苦言に、シュンとしょげかえるシャルロット。妻相手でもハッキリと物を言うロディの姿は少し意外にも思えたが、そういうところが逆にシャルロットには好ましいのかもしれないとくぅは思った。


「いいか、『上手に描こう』とするから緊張するんだ。まずはそう考えるのを止めろ」

「え? 思っちゃいけないの?」

「そうだ。形だけ整えようとしたところで、魂の籠もった絵は描けない。形なんか気にせず、気ままに描けばいい」

「で、でも……」


 迷うように、シャルロットがくぅをチラリと見る。くぅはそんなシャルロットに、ニッコリと笑ってみせた。


「あたしも、シャルロットさんがのびのび描いてくれた方が嬉しいよ!」

「くぅちゃん……」


 くぅの言葉に、シャルロットの視線が自らの手に落ちる。暫くそのまま何かを考えていたシャルロットだったが、やがて顔を上げると、勢い良く紙に鉛筆を走らせ始めた。


「……さて、俺に出来るアドバイスはこれくらいだ。くぅ……だったな、悪いがもう少しシャルロットの我が儘に付き合ってやってくれ」

「えっ? あ、うん、勿論」


 突然ロディに話しかけられ、戸惑いながらもくぅは頷く。まさかロディが自分にまで話しかけてくるとは、くぅには思ってもみない事だった。

 そういえば、くぅに向けられた眼差しも、最初の頃より幾分か柔らかくなったようだ。どうやら彼は、くぅをシャルロットの友人として認めてくれたらしい。

 その事が、くぅには、とても嬉しかった。


「くぅちゃん、笑って笑って!」

「あっ、うん!」


 真剣な表情のシャルロットに促され、くぅは友の為に、目一杯の笑顔を向けた。

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