《ドア×還らずの館》第7話 the third day

 翌日も空は晴れやかだった。まるで自分の心のようだと、くぅは思う。

 夜さまは『サガシモノ』に、サニーに会えた。自分にもこの時代で、友達が出来た。

 総てが、いい方に向かっている。自分の『サガシモノ』も、この調子でいけば、きっと――。


「えへへっ、シャルロットさん、喜んでくれるかな?」


 両手に抱えた、焼きたてのパンが入った紙袋を見て、くぅは笑う。シャルロットの家に向かう前、昨日のお礼にとくぅが自分で買ったものだ。

 早くシャルロットの喜ぶ顔が見たい。そう思うと、くぅの足取りも自然と軽くなるのだった。


 歩き慣れ始めた煉瓦道を抜け、シャルロットの家に辿り着く。コンコンと小さくドアをノックすれば、中から返事はすぐに返ってきた。


「あっ、くぅちゃん! 今日も来てくれたんだね!」


 ドアを開けたシャルロットが、くぅを見て顔を綻ばせる。それだけで、くぅの胸に嬉しさが込み上げてきた。


「シャルロットさん、はい、これ、昨日のお菓子のお礼!」

「えっ?」


 その嬉しさを伝えようとくぅが持っていた紙袋を差し出すと、シャルロットの目が驚いたように見開かれた。何度も何度もくぅの顔と紙袋を見比べたシャルロットは、やがて、泣きそうな笑顔を浮かべて紙袋を受け取る。


「……ありがとう。こんなによくしてくれたの、この街ではサニーさん以外じゃくぅちゃんだけだよ」

「えっ、こ、こんなの全然大した事じゃっ」

「私にとっては大した事だよ。……私、本当に、本当に嬉しいの」


 シャルロットの赤い瞳から零れる、ひとしずくの涙。そこに彼女が生きてきた今までが詰まっているようで、くぅは、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「……シャルロットさん!」


 気付けば、そう名前を呼んでいた。シャルロットの濡れた瞳が、くぅの瞳を見る。


「あたしは、この街を離れても、ずっとシャルロットさんと友達だから!」

「……くぅちゃん……」


 くぅは思う。シャルロットとの別れは、そう遠くないうちに訪れる。もしかしたら、明日にはこの時代を発っているかもしれない。

 それでも。今自分は確かにシャルロットの事が好きだという事は、どうしても伝えたかったのだ。


「友達……」


 ぽつり、シャルロットが呟く。その瞳は未だ涙を湛えているが、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「嬉しいな。私、ずっと友達いなかったから。そっか。私達、もう友達なんだ……」

「うん。あたしとシャルロットさんは、離れててもずっと友達」


 受け取った紙袋を大事そうに抱えて、シャルロットは花のような笑顔を咲かせた。それを見てくぅもまた、大輪の笑顔を咲かせる。


 それは、とてもとても、幸せに満ちた風景だった。


「ねえっ! くぅちゃん、一つお願いしてもいい!?」


 片手で涙を勢い良くゴシゴシと拭い、シャルロットが身を乗り出す。急な話題の転換に、くぅはパチパチと目を瞬かせた。


「う、うん、ものによるけど」

「そんなに難しい事じゃないよ。私に、くぅちゃんの絵を描かせて欲しいの!」

「えっ、あたしの!?」


 驚きに、くぅの目が丸くなる。まさかそんな事を言われるなど、くぅには思ってもみない事だった。


「えっ、えっ、あたしが絵のモデルになっちゃっていいの!?」

「うん! デッサンするだけにするから一日で終わると思うし。……私、くぅちゃんの絵を描いてずっと持っておきたいの。私にはこんな素敵な友達がいるんだって、形にして残したいの。嫌かな?」


 真摯な目で、懇願を口にするシャルロット。そう言われて、くぅが嫌だと思う筈もなかった。


「ううん! あたしもシャルロットさんに描いて欲しい!」

「良かった! じゃあ、ロディから道具を借りてくるね!」


 くぅが頷くと、シャルロットは喜びの表情を浮かべてロディの部屋へと駆けていく。その背中を見守りながら、くぅはこれから起こる事に期待を膨らませるのだった。

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