《ドア×還らずの館》第6話 くぅの思い、蘇芳の思い
「はいっ! すぅちゃん、お土産!」
「ん?」
いきなりくぅにハンカチに包まれたお菓子を差し出され、少年――蘇芳は怪訝な顔になった。
「どした、コレ?」
「えへへ、友達に貰ったの!」
「友達?」
自分の疑問への回答に、蘇芳は目を丸くする。この旅に蘇芳が加わってから、くぅから友達、という言葉を聞いた事は一度もなかったからだ。
それは、いずれ必ず永遠の別れの時が来る故に他人と仲良くし過ぎないようにしていたからだと蘇芳は思っていた。だがそれは、どうやら蘇芳の思い込みだったようだ。
「……友達、出来たのか」
「うん! とっても明るくて、優しいんだよ」
「そっか。良かったな」
「へへっ」
思えば蘇芳自身は旅の間、いい出会いに恵まれていたが、くぅと夜さまの二人は『ドア』と『サガシモノ』の事にかかりきりであったように思う。そう思うと、自分ばかりが好き放題してきたのではないか、と、蘇芳の胸に少しの罪悪感が沸いた。
「……」
「すぅちゃん?」
「……いや。俺ばっかしてェ事してきたンかなって、思った」
くぅに見つめられ、素直に今の心情を吐露する蘇芳。するとくぅは、そんな蘇芳の正面に立つように移動した。
「くぅ?」
「……しっかりしなさいっ、すぅちゃん!」
その言葉と共に、くぅの小さな両掌が蘇芳の頬を叩くように挟み込んだ。予想外のくぅの行動に、蘇芳は思わず目を丸くする。
「あのね、すぅちゃんは、すぅちゃんのしたい事していいの。すぅちゃんの『したい事』が間違った事がないって、あたしも夜さまもよく知ってる」
「けど、その分二人がガマンしてたんじゃ」
「あたしも夜さまも、ガマンなんかしてないよ」
蘇芳の言葉を遮り、くぅが告げる。その瞳に、強い意志を宿し。
「あたしも夜さまも、自分のしたい事をガマンしてまですぅちゃんに好きにさせたりしないよ。あたし達もちゃあんと、自分のしたいようにしてるの」
「でもよ、今まで友達なんて……」
「今まではたまたま、そういう機会がなかっただけ。って言うか、すぅちゃんが人たらしすぎるだけなんだから」
「たら……っ」
あまりと言えばあまりの言い種に、蘇芳は二の句が告げなくなる。そもそも中学の頃など、人たらしという言葉とは無縁の生活を送ってすらいたのに。
「すぅちゃんはすぅちゃんの、したい事をして」
ふっと、くぅの表情が和らいだ。その微笑みは、まるで――蘇芳より年上の女性のようで。
「夜さまがサニーと出会えたように、きっとそれが、あたしの『サガシモノ』に繋がってく。……あたし、そんな気がするの」
「……くぅ」
そんなくぅを、蘇芳は目を瞬かせながら見つめ。そして、くしゃりと破顔した。
「……ッハハ。何か、年上に叱られてるみてぇ」
「そーよぅ? あたし、ホントはすぅちゃんより年上なんだから」
「ありがとな、くぅ。らしくもなく、弱気になっちまった。お前や夜さまが何かをガマンしてるかなんて、見てりゃ解るのにな」
「でしょ?」
二人の視線が合い、共に笑う。その空気は、温かさに満ちていた。
「ほら、甘いもの食べて元気出そ? あ、夜さまとサニーの分はとっといてね!」
「わあってるよ。いただきます」
手を合わせて、蘇芳は小さなクッキーを一つ、口の中に放り込む。クッキーは蘇芳の時代のものよりも少し固く、そして、素朴な甘さだった。
「ん、美味い。ところで、友達ってどんな奴だ? やっぱり子供か?」
「聞きたい? あのね……」
そうしてその日の夜は、いつも以上に穏やかに過ぎていった。
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