《ドア×還らずの館》最終話 day after…

 夜さまからこの時代を発つと告げられたのは、その日の夜の事だった。

 結果的にはこれで良かったのかもしれないとくぅは思う。シャルロット達が今夜旅立つ事を選択したお陰で、くぅは二人とちゃんと別れられた。

 これからは蘇芳に夜さま、それにサニーを加えての四人旅だ。後はくぅの『サガシモノ』が見つかれば、この旅は終わる。

 早く、あの人に会いたい。シャルロット達との関わりの中、その想いは、くぅの中で更に強くなったのだった。



 ――そして、幾つもの出会いと別れを経て、遂に旅は終わりを告げる。



胡桃くるみ、ちょお、早いて」


 自分より三歩ほど前を歩く恋人を追いかけながら、枩太郎はそう弱音を吐いた。

 お互い忙しい中での、久々のゆっくりとしたデートの筈だった。それがまさか、駅からこんなに歩かされる羽目になるとは。


「もう。体、なまってるんじゃない?」


 振り返った彼女は、自分と同じ距離を歩いた筈なのに平然としていて。元からタフなところがあるとは思っていたが、最近は特に強くなったような気がする。

 それは、二人が重ねた「ある経験」によるものなのかもしれない。


「それにしても、胡桃がゲージュツに興味があるって初耳やった」


 駆け足でやっと追い付き、枩太郎は彼女――胡桃の隣に並ぶ。そんな枩太郎に胡桃はふふ、と笑ってみせる。


「この画家だけはね、特別なの」

「何か思い出でもあるん?」

「まーね。帰ったら話したげる」

「そか。楽しみにしてるわ」


 他愛もない会話を重ねながら、枩太郎の目が胡桃の手の中のスマホに向く。その小さな画面には、『ロディ・オブライエン展~不遇の時代に生きた写実派画家~』と書かれていた。



「はぁー……まるで写真みたいや」


 展示されている絵を眺めながら、枩太郎の口から感嘆の声が漏れる。それぞれの絵は油絵とは思えないくらい現実的で、絵ではなく写真を見ているような錯覚に陥った。

 描かれているのはその殆どが街角の風景画で、当時の人々の生活を覗き見ている気分にさせられた。これほどの絵を描く画家がマイナーなまま終わったと言うのだから、やはり枩太郎には芸術はよく理解出来そうにない。

 隣の胡桃を見れば、工場の描かれた風景画を熱心に眺めている。それはただ見とれている、というのとは、少し違うように見えた。


(……何だか、昔を懐かしんでるみたいやな)


 まるで、中学か高校の卒業アルバムを見ているような。懐かしさ、寂しさ、そんな感情が入り交じった顔を、胡桃はしていた。

 枩太郎には、胡桃が何故そんな顔をするのか解らない。聞けばきっと、教えてくれるのだろうと思う。

 けれど、聞かずにそっとしておきたいような、でもやっぱり聞きたいような、今の胡桃を見ていると、そんな複雑な気持ちになるのだった。


「……あ」


 不意に胡桃の目が、一つの絵に向く。それは、風景画ばかりのこの個展には珍しい人物画。

 そこには白く短い髪の女性と、色素の薄い髪をツインテールにした可愛らしい少女が並んで座っている姿が描かれていた。二人ともとても幸せそうに、寄り添って笑っていた。


『妻と、その小さな友』


 絵の下のタイトル札には、そう簡潔に書かれていた。描かれた少女の顔に不思議と既視感を覚えて、枩太郎が胡桃を振り返ると。


「……胡桃!?」


 胡桃は、泣いていた。丸い目を大きく見開いて、ただ静かに涙を流していた。


「ど、どしたん、胡桃!? 何で泣いて……」

「え……? あたし、泣いてる……?」


 枩太郎に指摘され、胡桃は初めて自分が泣いている事に気付いたようだった。自分の頬に触れ、指先が濡れたのを見ると、すぐに涙を手で拭い始めた。


「ゴメン、枩太郎。何か……感極まっちゃった」

「な、何か悲しい事でも思い出した?」

「違う、嬉しいの。……帰ったら、枩太郎には、絶対全部話すから」


 そう言って、胡桃が微笑みを浮かべる。その笑顔を見て、枩太郎は、胡桃の言葉が真実なのだと確信した。

 もう一度、絵に目を向ける。絵の中の少女の笑顔は、今見た胡桃の笑顔に酷くよく似ていた。


『いつまでも、大好きだよ』


 少女の隣の女性が、そう囁いた、そんな気がした。





fin

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