《ドア×還らずの館》第3話 シャルロットとロディ
シャルロットに連れられくぅが辿り着いたのは、街角の小さな一軒家だった。まずシャルロットが玄関のドアを開け、促される形でくぅが中に入る。
家の中は飾り気がなく質素で、生活するのに必要な物だけがある、といった感じだ。しかし、普通の家とは明らかに異なる点があった。
それは、匂いだ。家の中に入った途端、何か独特な匂いがくぅの鼻を突いた。
不快な異臭という訳ではない。だがそれは明らかに、日常に嗅ぐものとは異なる匂いだった。
「この匂い、なぁに?」
まどろっこしい事が苦手なくぅは、そう率直にシャルロットに聞いてみる事にする。シャルロットは気を悪くするでもなく、微笑みを浮かべ答えた。
「ああ、これはね、油絵の具の匂いだよ。私の旦那様はね、絵描きさんなの」
「絵描きさん?」
「そう。有名ではないけど、これでもそこそこ売れてるんだよ」
意外だった。シャルロットに夫がいるというのもそうだが、その夫が画家という一般的でない職業なのもまた、意外だった。
しかし、考えてみれば、画家という独特な感性の持ち主だからこそ、この時代の人間でありながら
「適当に椅子に掛けてて。今果物を剥いてくるから」
そう言って、シャルロットは台所へと去っていく。残されたくぅは言われた通り、居間の椅子に腰掛けシャルロットを待った。
と、その時。奥の部屋のドアが、キィ、と開いた。
現れたのは、背の高い黒髪の男性。目に少しかかる長さの前髪の隙間から、切れ長の鳶色の瞳が覗いている。
「……誰だ?」
「あっ、お邪魔してまぁす!」
「うちで子守を引き受けた覚えはないが」
挨拶につっけんどんに返されて、くぅは少々面食らう。恐らくこの男性がシャルロットの夫の画家だろうが、愛想に関してはシャルロットとはまるで正反対だ。
「お待たせ! ……って、ロディ、小さい子をいじめちゃ駄目!」
そこに切り分けた果物を乗せた皿を持って戻ってきたシャルロットが、大声を張り上げる。ロディと呼ばれた男性は、決まり悪そうにボリボリと後ろ頭を掻いた。
「……別に、いじめてなんかない」
「でも、顔が強張ってる!」
「仕方無いだろ。昔から、子供の扱いは苦手なんだ。大体何で、うちに子供がいる」
「私が荷物落としたのを拾ってくれたの。そのお礼!」
「……ほう?」
シャルロットの言葉に、ロディが再びくぅに目を向ける。くぅは負けじと、その目を見つめ返した。
僅かな沈黙。先に目を逸らしたのは、ロディの方だった。
「……妻が世話になった。だが俺は、お前と馴れ合う気はないぞ」
そう言って、部屋の中に戻っていく。ロディの姿が見えなくなると、くぅはぷう、ともちもちの頬を膨らませた。
「なぁに、あれぇ! シャルロットさんとは大違い!」
「ごめんね、くぅちゃん。ロディは私を心配してるだけなの」
憤るくぅを取りなすように、シャルロットが眉尻を下げて苦笑する。そう言われてしまえば、くぅにはもう何も言う事は出来ない。
この時代ではまだ周知されていない
「さ、気を取り直して、どうぞ」
「ん……いただきまぁす」
改めて差し出された果物をくぅが口に運ぶと、まだ熟しきっていない、青い味がした。
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