《ドア×還らずの館》第2話 The first day

 その日、くぅは、一人街を歩いていた。

 共連れの蘇芳すおうからは単独行動にあまりいい顔をされなかったが、目的もないまま、何もせずにじっとしている事が出来ないのがくぅの性分である。悪い大人に目を付けられる不安はあったが、その程度では溢れる好奇心を抑える事は出来なかった。


「本っ当に、テレビで見たヨーロッパの街並みそのまんまだねぇ!」


 くぅには旅に出る以前の記憶が途切れ途切れにしか残っていなかったが、似たような街並みがテレビに映っていた事はその少ない記憶の中にあった。あの光景を今、自分の足で歩いているのだと思うと、やはり心が躍るのは仕方の無い事だ。


「……でも……」


 ウキウキと街並みを見回していたくぅだが、その表情はやがて翳りを帯びる。原因は、道行く人々の浮かべる表情。

 彼ら彼女らの表情は、活気という言葉とは程遠い。まだ陽は高いというのに、皆どこか疲れ切ったような、そんな表情をしていた。


「……昔の人も、大変だったんだねぇ……」


 自分の時代と同じ、ともすればそれ以上に疲弊した人々に、くぅの口から嘆息が漏れる。本来の年齢でもまだ成人には至っていないくぅには、彼ら彼女らの苦労を想像する事しか出来なかった。

 と、その時。


「キャッ……」


 くぅの目の前で、深くフードを被った女性が忙しそうに駆けていく男性とぶつかった。拍子に女性の持っていた紙袋から果物が飛び出し、煉瓦道を転がっていく。


「あっ!」


 ぶつかった当の男性が女性を振り返りもせず行ってしまったのを見て、くぅは急いで女性に駆け寄った。勿論、途中で落ちた果物を拾うのも忘れない。


「はい! 大丈夫?」


 女性の前まで行き、拾った果物を差し出す。その瞬間、くぅは見た。


 雪のように真っ白な、短めの髪。

 ルビーのように赤い、垂れ目気味の瞳。


 ――白子アルビノ。本来持つべき色素が、欠落した人間。

 知識としては、くぅの記憶にもあった。だがその当人と対面する事は、初めての事であった。


「……ありがとう」


 思わず言葉を失ったくぅの様子を誤解したのだろう。女性はくぅの手に触れないよう果物を受け取ると、足早にその場を去ろうとする。


「待って!」


 咄嗟にくぅは、女性の手を掴んでいた。女性は驚いたように、くぅの方を振り返る。


「赤い目の人って、直に見た事なかったからビックリしちゃって。それだけなの。気を悪くさせちゃってごめんなさい!」

「……怖くないの?」

「全然! 珍しいなとは思うけど」


 自分を見つめる女性を、くぅは真っ直ぐに見つめ返す。やがて女性は、安堵したような柔らかい笑顔を浮かべた。


「……ごめんなさい。この髪と目を気味悪がる人も多いから、つい」

「ううん、こっちこそごめんなさい」

「あなた、この街では見ない子だけど……一人なの? ご両親は?」

「えっと……」


 問われて、くぅは『設定』を思い返す。本当の事を言う訳にはいかないので、旅をするに当たって、くぅ達は人に語る用の設定を決めてあるのだ。


「くぅ、お兄ちゃんと一緒にこの街に人探しに来たの。お兄ちゃんは今は工場にいるんだよ」

「工場って、サニーさんの?」

「知ってるの?」

「勿論。私にも気兼ねなく接してくれる、いい人よ」


 そう女性が微笑むのを見て、くぅは何だか嬉しくなる。理由は夜さまのサガシモノだったサニーが褒められた事。そしてもう一つ、やっと女性が笑ってくれた事。

 その二つの事が、くぅにはとても嬉しく思えたのだ。


「ねぇ、今、時間はある?」


 不意に女性が、話題を変えた。くぅは、それに頷き返す。


「なら、うちに寄っていかない? 果物を拾ってくれたお礼がしたいの」

「えっ……」

「ついでに、旅の話なんか聞かせてくれると嬉しいな」


 そう微笑む女性は、どことなく楽しそうに見える。彼女は悪い人間には見えないとは言え、くぅにも警戒心はあった。


「あ、もし知らない人についていく事が不安でも、大丈夫。あなたはサニーさんのお客様だから」

「どういう事?」

「サニーさんはこの街の顔役で、信頼してる人は沢山いるわ。そんな人のお客様に何かあったら、例えサニーさんが許してくれても、私、この街にいられなくなるもの」


 するとくぅの不安を察したように、女性はそう言って軽く肩を竦める。その言葉に、くぅの腹は決まった。


「それじゃあお邪魔するね!」

「良かった! 私はシャルロットよ、あなたは?」

「くぅ、だよぉ」

「変わった名前ね。よろしくね、くぅ」


 こうしてくぅはこの女性、シャルロットの家へと招かれる事となったのだった。

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