《星空500PV記念!》異説・シンデレラ

 むかしむかしあるところに、シンデレラクーナという女の子がいました。実の母を早くに亡くしたシンデレラクーナは継母とその連れ子である二人の姉に家の事を総て押し付けられ、辛い毎日を送って……。


「今日もいい天気! お洗濯日和だね!」


 辛い毎日を……。


「さーて、今日もバリバリ家を綺麗にしちゃうよー!」


 辛い……。


「今日の晩ご飯はお義母様達の好きなビーフシチューにしようっと!」


 ……それなりに充実した毎日を送っておりました。逞しいなこの子。

 そんなシンデレラクーナにも、一つの夢がありました。それはお城の舞踏会に行く事です。


「義姉様達がいつもあんなに張り切って行くんだもん、きっと素敵な場所なんだよね」


 家事の合間にそんな風に舞踏会への想像を膨らませるのが、シンデレラクーナのいつもの楽しみでした。

 けれどシンデレラクーナには、舞踏会に着ていくドレスなんてありません。そうでなくても家事が忙しすぎて、そんな暇はありません。


「あーあ、この生活に不満はないけど、一回ぐらいは舞踏会に行ってみたいなあ……」


 シンデレラクーナは今日も一人、そんな事を思うのでした。



 今夜もまた、お城で舞踏会が開かれます。義姉達は、舞踏会の支度で大忙しです。


「いい、シンデレラクーナ? 今夜もしっかり留守番しているのよ」

「うん、お義母様」


 そう言って、継母と義姉達は舞踏会へと行ってしまいました。シンデレラクーナはそれを見送ると、一人気合を入れます。


「よし! 今日も残りの家事を頑張るよ!」

「――随分と元気だな、シンデレラクーナ


 すると背後から突然、人の声がしました。一体誰だろうと、シンデレラクーナは振り返ります。


「よっ。はじめまして、だな」


 そこにいたのは、フードを目深に被り黒いローブを着た男の人でした。見慣れない姿に、シンデレラクーナは首を傾げます。


「あなた、誰?」

「俺か? 俺は魔法使い。お前の願いを叶えに来てやったのさ」

「私の、願い?」

「お前、舞踏会に行きたいんだろ?」

「えっ!?」


 魔法使いの言葉に、シンデレラクーナはビックリしてしまいます。その事を誰かに言った事は、一度もなかったからです。


「どうして知ってるの!?」

「魔法使いは何でも知ってるのさ。健気なシンデレラクーナ、俺がお前を舞踏会に行かせてやろうじゃないか」

「で、でもまだいっぱいやる事が……」


 戸惑うシンデレラクーナに、魔法使いは笑みを深めます。そして指をパチンと鳴らすと、何と言う事でしょう。食事の後の汚れた食器も、家中の床も、あっという間にピカピカになってしまいました。


「……」

「ま、ざっとこんなもんさ」


 呆然とするシンデレラクーナに、魔法使いは得意気に笑います。するとシンデレラクーナは、パアッと目を輝かせて言いました。


「凄い! 凄い凄い凄い! 私、魔法って初めて見た!」

「喜んで貰えたかい?」

「ねえ、他にはどんな事が出来るの!?」

「他には、そうだな……ほらよ」


 再び魔法使いが指を鳴らすと、今度はシンデレラクーナの着ていたボロの服が瞬く間に美しいドレスに変わりました。更にカボチャは馬車に、ネズミは御者に。今のシンデレラクーナは、まるでお姫様のようです。


「わあ……! 綺麗なドレス……!」

「それで舞踏会に行けるだろ。目一杯楽しんできな」


 暫く嬉しそうに自分の姿を眺めていたシンデレラクーナでしたが、不意に顔を上げると魔法使いをジッと見つめます。そして、不思議そうにこう言いました。


「魔法使いさんは一緒に行かないの?」

「え?」


 シンデレラクーナからの予想外の言葉に、魔法使いはフードの中で目を丸くします。けれどすぐに、気を取り直して言いました。


「俺はいいんだよ。気にせず行ってきな」

「やだ! 魔法使いさんも一緒がいい!」


 ところがシンデレラクーナは、そう言って譲ろうとしません。魔法使いは困ったように、一つ溜息を吐きました。


「……俺達魔法使いは、城の連中からは嫌われてるんだ。俺と一緒になんか行ったら、折角綺麗にしたのに門前払い食っちまうぞ」

「どうして魔法使いは嫌われるの?」

「連中は、魔法使いが怖いのさ。例え何もしなくても、魔法が使える、ただそれだけでな」

「そんな!」


 魔法使いの言葉に、シンデレラクーナは眉を吊り上げます。そして、怒ったように言いました。


「魔法使いさん、こんなにいい人なのに! ただ魔法が使えるだけで嫌うなんて、そんなの酷すぎるよ!」

「……勘違いしてるようだが、俺はいい人なんかじゃない」

「え?」


 しかし魔法使いは、そう言うと自嘲気味に笑いました。シンデレラクーナは、そんな魔法使いに目を瞬かせます。


「俺は不死の呪いをかけられていてね。百の願いを叶えるまでは、呪いが解けないんだ。つまり俺は、自分の為にお前を利用してるんだよ」

「……」

「お前は夢を叶える。俺は呪いが解ける日に一歩近付く。それだけの、互いを利用し合う関係さ。だから……俺の事はもう気にするな。早く行け」


 シンデレラクーナの目が、真っ直ぐに魔法使いを射抜きます。そしてシンデレラクーナは、魔法使いに手を差し出し言いました。


「なら魔法使いさん、ここを魔法で舞踏会の会場にして。そして、私と踊って」

「……え?」

「それなら私の舞踏会に行きたいって夢、叶えた事になるでしょ? 私は……魔法使いさんと踊りたいの。嫌?」


 そう言って微笑んだシンデレラクーナを、魔法使いは驚いたように見ます。どれぐらいそうしていたのか、やがて魔法使いは観念したように笑いました。


「……負けたよ、シンデレラクーナ。それじゃあ、二人きりの舞踏会を始めるとしようか」


 魔法使いが指を鳴らすと、辺りの家具が一斉に音楽を奏で始めます。それから魔法使いはシンデレラクーナの前に立ち、そっとその手を取りました。


「一曲踊って頂けますか? レディ」

「はい。素敵な魔法使いさん」


 そうして二人は、音楽に乗せて踊り始めました。踊るのは初めてなシンデレラクーナでしたが、魔法使いはそんな彼女を優しくリードしてくれました。

 ふとシンデレラクーナが魔法使いを見上げると、フードの下の顔が見えました。魔法使いのフードの下では紫水晶アメジスト色の瞳がキラキラと輝いていて、ずっと見ていたいという気持ちにシンデレラクーナをさせたのでした。

 いつまでも続くと思えるような楽しい時間。それを終わらせたのは、遠いお城から聞こえた鐘の音でした。


「あっ……」


 鐘の音が響くと同時に家具は歌うのを止め、カボチャとネズミも元通り。シンデレラクーナの服も、元のボロの服に戻ってしまいました。


「時間切れ、か。俺の魔法は、一部を除いて十二時になると解けちまうんだ」


 名残惜しそうにシンデレラクーナから体を離し、魔法使いは言いました。シンデレラクーナは魔法使いに、質問を投げかけます。


「もう会えないの?」

「ああ。一人の願いを叶えられるのは、一回までと決まってる」

「なら、私も連れていって!」


 シンデレラクーナの発言に、魔法使いは驚きに目を見開きました。そしてすぐに、強い口調で言い返します。


「馬鹿野郎、簡単に言うんじゃねえ! お前、俺についてくるってのがどんな意味か解ってんのか!? マトモな生活なんて送れる筈もない、今以上に辛い暮らしをする事になるんだぞ!」

「それでもいい! 私は魔法使いさんの側にいたいの!」

「このままここで暮らしてれば、いつかいい男がお前を見初めるかもしれない。自分の幸せを棒に振る気か!?」


 そんな魔法使いに、シンデレラクーナは真剣な瞳で答えます。その中に、強い意志を宿して。


「いつか現れるかもしれない王子様よりも、私は私を最初に見つけてくれた魔法使いさんの方が好き」

「……!」

「どうしても連れていってくれないなら、勝手に魔法使いさんを追いかける。そして絶対に、探し出してみせるんだから」


 シンデレラクーナと魔法使いは、そのまま互いを見つめます。やがて先に口を開いたのは、魔法使いの方でした。


「……やれやれ。とんでもない娘に、俺は捕まっちまったらしい」

「そうだよ。私、根気強さには自信があるんだから」

「総てを捨てる覚悟は出来てるんだな?」

「全部捨てる訳じゃないよ。だって魔法使いさんがいるもの」


 シンデレラクーナが笑い、魔法使いもまた笑いました。魔法使いは再びシンデレラクーナに近付くと、その体を強く抱き締めます。


「それじゃあ行こうか、シンデレラクーナ

「ねえ、その前に……魔法使いさんの名前を教えて」

「……サークだ」

「サークね。私、サークから一生離れないから!」

「光栄だ、シンデレラクーナ


 そうして二人は、夜の闇へと溶けていったのでした。



 シンデレラクーナと魔法使いは、果たしてどこへ行ったのか。

 その行方は、ただ風のみが知る――。






fin

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