6 花畑
リースに導かれ、護衛の目を避けるように抜け出したのも初めての体験で、ルルリアナにとって悪いことをしているという背徳感に胸がどきどきしたのも初めてだった。
スノクリスタ大陸では悪いことをするとドラゴンになると子供を嚇すことがある。その話を思い出し、ルルリアナはリースにわからないようにクスクスと笑う。
私も悪いドラゴンになれるのかしら?そしたらドラゴンになって空を飛び逃げ出せるのに、それとも悪いドラゴンの私はカロルを踏みつけてしまうだろうか?
リースがルルリアナを連れてきたのは、王立学院の裏庭だった。
ルルリアナは自分が生まれたときから過ごしている神殿の側に、こんなにも美しい花畑があることを始めて知ったのだった。
辺り一面に広がるロキシスは、リースが話したようにまるで雪が降ったような銀世界へと変えていた。太陽の光がロキシスの花を優しく照らし、風で揺れるロキシスの花はキラキラと輝いている。
息を吸っただけでロキシスの爽やかな甘い匂いが胸を満たす。
すごい、いい匂い。
大好きになったロキシスの香りを肺一杯吸い込みたくて、ルルリアナは深呼吸をする。
深く息を吸き吐いただけだというのに、ルルリアナの体からもやもやしたものも一緒に吐き出されたようにすっきりする。
ルルリアナの隣に立つリースは気持ちよさそうに背伸びをして、大の字になってロキシスの花畑にダイブする。
「ん~、気持ちいい!」
戸惑うルルリアナにリースは気が付かず声をかける。
「ルルリアナも寝てみなよ!すっごく気持ちいいよ!」
さすがに寝転がる勇気はルルリアナにはなかったが、おずおずとリースの隣に座りこむ。
「あっ!待って」
リースが座ろうとした瞬間、リースがルルリアナを止めて自分のジャケットを地面に敷く。
「これで、服が汚れなくて済みますよ。服が汚れるのが嫌だったんでしょ?」
ルルリアナの着ている服は白い修道女服のため、リースは気遣い自分のジャケットを差し出したのだ。
リースのジャケットをお尻に敷くのはためらわれたが、服が汚してしまったらカルロになんと言われるかわからない。お礼を言って、ルルリアナはそっとジャケットの上に座ったのだった。
目を瞑って気持ちよさそうにしているリースを見習って、ルルリアナもそっと目を閉じる。
リースのおかげで、本を読んだだけではわからなかった知識を知ることができた。家庭教師の誰も教えてくれなかったことだ。
それが経験なのだと、ルルリアナはまだ知らなかった。
ロキシスの花の香りは甘く爽やかでまるでリースみたいだと、忘れないと思うけどと心の中にメモをする。
目を開けるとリースが自分を観察していることに気が付く。
とろけるように優しい眼差しにルルリアナの心は息を吹き返したかのように激しく脈打つ。
「来て良かったでしょ?」
ルルリアナの口元は満足そうに微笑んでいる。
「はい…。世界は私が知っているよりも未知なのですね」
「なにそれ?哲学?」
「哲学?」
「あ~~~~、忘れて」
再び目を瞑ったリースに、ルルリアナはそれ以上追求せず、キラキラと輝くロキシスの花を飽きることなく見つめていた。
―❅―❅―・❅―❅――・―
王立学院の金が授業の終わりを告げる。
授業時間まるまるさぼってしまったことにルルリアナは驚く。時間がたつのがいつもよりもゆっくりだと感じていたのに、気が付くとまるまる一時間以上も立っていたらしい。
「もう、戻らないと」
「夕日のロキシスの花もとても綺麗ですよ。また、いつか見に来ましょう」
立ち上がり、服付いたロキシスの花を叩き落としながらリースがルルリアナを誘う。
ルルリアナもリースの真似をして、リースのジャケットに付いたロキシスの花を落としていく。
その様子にリースがクスクスと笑う。
首を傾げてルルリアナはリースに問いかける。
「これで、ルルリアナ様の修道服もロキシスの匂いですね」
スンスンと自分の修道服の匂いを嗅いだルルリアナは、リースに向かって嬉しそうに笑ったのだった。
「月菜にはいつも笑っていてほしいな」
リースの声は風に飲み込まれ、ルルリアナの耳に届くことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます