7 同胞

「ルルリアナ!」


 部屋に戻る途中だったリースとルルリアナは、運の悪いことにレオザルトとその取り巻きに捕まってしまう。


 その取り巻きの中にはレオザルトと中庭にいたホワイトローズ色の髪の少女が含まれていた。


「こんなところで一体、何をしている?侍女や護衛はどこにいるんだ!」


 レオザルトはルルリアナが見たこともないほど怒っている。


 その事実に、ルルリアナは体を硬くする。


 レオザルトの顔にはルルリアナの側にいるリースに対する怒りとルルリアナの身を案じた心配が浮かんでいいたが、心配などされたことのないルルリアナはレオザルトの心配に気が付かない。ルルリアナは慣れたレオザルトの怒りの感情しか気が付くことができなかった。


 リースがルルリアナをかばうように前に出る。


 ルルリアナはそのことが少し嬉しかったが、エギザベリア神国の皇太子であるレオザルトに騎士科で平民のリースが太刀打ちできるわけがない。


 ルルリアナはリースのジャケットの裾を引っ張り、かばってもらわなくても大丈夫だと伝える。


 裾を引っ張られたリースは、目の前のレオザルトを無視してルルリアナに振り返り、大丈夫と口パクで伝える。


 その親し気な様子にレオザルトの機嫌はますます悪くなり、乱暴にリースの肩を掴む。


「ルルリアナから離れろ!」


「なぜ?」


「なぜだと?」


 レオザルトの目が鋭く吊り上がりリースを睨みつけるが、リースはその目を真正面から受け取る。


「なぜ、ルルリアナ様から離れなければいけないのですか?婚約者はそこまでルルリアナ様に口出す権利があるというのですか?自分はたくさんのご友人たちに囲まれているというのに、ルルリアナ様は友達を作ってはいけないということですか?」


「リース!」


 ルルリアナはリースにお願い黙ってと目で伝えるが、リースはルルリアナを都合よく無視している。


 そのことにルルリアナは初めて不機嫌に可愛らしく口を曲げる。


「こいつは誰だ?」


 レオザルトはリースを指さし、ルルリアナに問う。


「リースは…」


「私はルルリアナ様の友達です!」


 驚くルルリアナにリースはいたずらっぽく微笑む。驚いたままのルルリアナに、リースの笑みは徐々に自信ないものに変わる。いつまでも答えないルルリアナに、リースは最後に泣き出しそうな表情に変わっていた。


 リースのわざとらしい表情に、ルルリアナはそっと微笑む。


 その表情に周囲の人間は目を奪われる。


 初めて見た人間らしいルルリアナの微笑みに、誰もが見惚れていたのである。


 美しいがいつも彫像のように無表情なルルリアナが、まるで野に咲くロキシスのように優しい微笑みを浮かべたのだ。


 それなのに、その中でただ一人、リースだけがその表情を当たり前のように受け取め「友達でしょ?」と再度、ルルリアナに返事を強請っている。


「はい、友達です」


 今度は満面の笑みをルルリアナが浮かべる。


「ほらね」


 呆然とするレオザルトに、リースは挑発するように言う。


「レオザルト様にそんな口をきいてはいけません!」


「だって、こいつすごくムカつく!」


 不敬を通りこして反逆罪で捕らえられても文句が言えない発言をリースは口にする。


 もちろん、レオザルトの護衛騎士や取り巻きたちがリースを捕えようとするが、レオザルトが手でそれを制する。


「勘違いするなよ。反逆罪で捕らえないのは、君がルルリアナの友達だからだ」


「友達なら一緒にいても問題ないですよね?」


 悔しそうにするレオザルトと勝ち誇るリースに、可愛らしい鈴のような声が割り込む。


「お友達はきちんとお選びにならないといけませんわ、雪の華様。このような慮外なものとお友達なんて、雪の華様の矜持を損ないますわよ」


 そう発言したのは、あのホワイトローズ髪の美少女だった。


 美少女の瞳はルルリアナのパールグレイの瞳によく似ており、ルルリアナは嫌な予感がした。


「…あなたは?」


自分の口から出た声は震えており、ルルリアナには自分の声に聞こえなかった。


 まるでつぶれた鈴虫のようだ。


 ルルリアナの問いに美少女はわざとらしく目を見開く。


「レオザルト殿下、私とても悲しいですわ。自分の姉が妹である私を知らないなんて…」


 大粒の涙で瞳をウルウルさせた彼女は、馴れ馴れしい仕草でレオザルト殿下に縋りつく。


 ルルリアナはその仕草を見逃さなかった。


「妹?」


「えぇ。初めまして、雪の華様。私の名はベルリアナ・マル・フィア・ソルティキアと申します。あなたの一つ下の妹でございましてよ?」


「…私に妹?」


「あら?雪の華様?本当にご存じなかったのですか?ここには妹の私だけでなく、お兄様もいらっしゃるのに…」


 ベルリアナの言葉にルルリアナはレオザルト殿下の取り巻きを焦ったように見渡す。ルルリアナには誰が自分の兄なのかわからなかった。


「私、私…。」


 ルルリアナの世界がぐるぐると回り始め、自分が何者でどこにいるかさえも定かではなくなる。縋るようにルルリアナが手を伸ばしたのは、リースではなくレオザルトだった。


「ルルリアナ?」


「ルルリアナ様?」


 パニックを起こしかけているルルリアナは、レオザルトとリースの呼びかけも聞こえない。ただバクバクとうるさい鼓動に、強烈に襲ってくる吐き気を堪える。


「私は…知ら、ない…」


 崩れ落ちるルルリアナの体を支えたのは、レオザルトの力強い腕だった。





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