3 再会

 ルルリアナは午前中の授業を終え、神殿に供える蝋燭に魔法で火を灯していた。


 蝋燭の白い蝋の部分には複雑な模様赤く描かれている。この模様は魔物を封印する強力な結界であり封印された魔物は地獄の業火で焼かれるという拷問付きである。


 ルルリアナは定期的にこの蝋燭に火を灯していた。何に使用されているかわからないが、ルルリアナは言われるまま蝋燭に火を灯していた。


 3本の蝋燭に火を灯し終えたルルリアナは、家庭教師に出された山のような宿題と、次期皇后として職務に取り掛かり始める。


 ルルリアナの家庭教師は現在七名いる。


それぞれが大量の宿題を出すのである。家庭教師たちは他の家庭教師がどれくらいの量の宿題を出しているのか把握している者がいないため、七人の家庭教師が出した宿題は最終的に山のようになってしまうのである。


 次期皇后としての職務は学生が本業のルルリアナにとって負担にならないように抑えられているが、内容がとても難しく間違うわけにはいず、丹念に調べ物をしながら行わなければいけないためとても時間のかかるものであった。


 ルルリアナが大量の宿題と次期皇后の職務を終えるのは、いつも白くぼんやりした月が明るくなった空と溶け込むころであった。


 ルルリアナがリースに出会った夜、カロルはルルリアナに夕食を運ばなかった。


 嫌がらせのつもりだったのだろうが、最近食欲のないルルリアナにとってなんともないことであった。


 今日は木曜日であり、レオザルトとの昼食会の日である。


 楽しみにしていた昼食会だったが、ルルリアナはこれっぽっちも食欲がなかった。


 レオザルトと会うことも気が進まなかった。


 その時、ルルリアナの頭に中庭で少女に笑いかけていたレオザルトの姿が思い出される。


 どうせ、今日もいらっしゃらないのに…待っていても仕方ないわ。だって、こんなにしなければいけないことが貯まっているんだから…。


 ルルリアナは机の貯まっている書類と、机の上に置ききれないためソファの上に置かれている書類をため息をついて眺める。


 侍女たちが一向に席から立とうとしないルルリアナに声を掛けるが、ルルリアナは目を瞑り一向に動こうとしなかった。


 体が水を吸ったスポンジのように重たく、お尻が椅子に張り付いてしまっているように感じられる。


「今日は少し疲れてしまって、お昼は食べたくないの…」


「ですが、雪の華様、最近何もお召しになっていないようですが…」


 本当に心配そうに話しかけたのはミナであった。


 ルルリアナは目を開け、ミナに優しく微笑む。


「レオザルト皇太子殿下に、私は今日いけないといらっしゃっていたら伝えていただけますか?」


 どうせ今日もいらっしゃらないと思いますけど。


 ミナはルルリアナが言わんとしたことを理解したのか悔しそうに唇を噛み、頭を下げると部屋を出ていった。


 カロルが非難がましく睨みつけているが、ルルリアナは再び目を閉じ自分以外の人間を締め出す。


「少し一人になりたいの…」


 そう告げるとカロルのイライラした足音が出口に向かい、バタンと乱暴にドアが閉じられる。


 椅子に深くもたれたルルリアナは深くため息を吐く。


 冷えた体が熱を求めたかのようにルルリアナは日差し指す窓辺へと移動する。


 大きな出窓にルルリアナははしたないと思うが、腰を掛ける。


 窓ガラスに頬を当てると、日光で暖まったガラスの体温が心地よい。


 あまりの心地よさに目を閉じたルルリアナは、いつの間にかぐっすり眠ってしまっていた。


 



   ―❅❅――・―❅―❅―・―





 ガラスを叩くような音が聞こえ、ルルリアナはぼんやりと目を覚ます。


 窓の外に目を向けると、木に登ったリースがニコリと笑ってルルリアナに手を振っていた。


 ルルリアナは慌てて窓を開ける。


「あなた、ここは3階なのに…」


「ルルリアナ様に会いたくてまた来ちゃいました。ごめんね。気持ちよさそうに寝てたけど、これ冷めちゃうと美味しくないから…。ごめんね」


 そういってリースは紙袋を投げてよこす。


 慌てて紙袋を受け取ったルルリアナの鼻にとても香ばしい匂いが届く。


 受け取った紙袋は手でずっと持っていられないほど熱い。


「これは…」


「それね、広場の屋台で売られてるピザ揚げパンだよ。いつも人気ですぐ売り切れちゃうんだ。ルルリアナ様と一緒に食べようと思って買ってきたんだ。」


 ルルリアナが紙袋を開けると二つに折りたたまれ、油で軽くあげられたパンが入っていた。ルルリアナは不思議そうに薄紙に包まれたパンを持ち上げ、ジィッと観察する。


「どうしたの?早くしないと冷めちゃうよ」


 リースは器用に木の上で体を支え、おいしそうにパンにかじりついている。


 パンの中にどうやら溶けたチーズが入っているようで、リースの口からパンまで繋がったチーズがルルリアナの食欲を刺激する。


「ん~、オイシイ!」


 頬がとろけると言わんばかりにおいしそうに食べるリースの姿につられ、ルルリアナも思わずがぶりとパンにかじりつく。


 口に広がる濃厚のチーズに、新鮮なトマトソースの味、塩辛いハムにしゃきしゃきの玉ねぎが口いっぱいに広がる。


 ルルリアナも思わず「おいしい!」と声に漏らす。


 自分の口から洩れた言葉にルルリアナが恥ずかしくなり、口を押える。


 おずおずとリースに目を向けたルルリアナは、満足そうに笑うリースと目が合う。


「うん、おいしいよね」


 二人はピザパンを食べ終わるまで何も話さなかったが、その沈黙は決して気まずいものではなかった。


 ルルリアナにとってピザ揚げパンは初めて食べた美味しい物だった。


 二人がピザ揚げパンを食べ終えたころ、乱暴にドアがノックされる。


 返事を待たずに部屋に乗り込んできたのは、レオザルトであった。


 ルルリアナが振り返ると、リースの姿は消えていた。


 そのことにホッとしつつも、リースが去ってしまったことでルルリアナの心は忘れていた孤独を思い出していた。




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