2 騎士
ルルリアナの侍女ミナは蹲ったルルリアナを置いて、慌てた様子で人を呼びに行ってしまった。
ミナは近くにいたレオザルトに声をかけることはしなかった。なぜならなんの連絡もなしに昼食会に来ないレオザルトのことを、態度には出さないが軽蔑していたからである。それに普段からルルリアナに対する素っ気ない態度に腹を立ててもいた。
レオザルト皇太子殿下は婚約者である雪の華様にもう少し優しくしてもいいのに!
ルルリアナが蹲ってしまった原因もレオザルトなると思い、ミナは騒ぐことなくレオザルトにバレないように人を呼びにいったのだった。
その間もルルリアナの体温は奪われていき、体もぶるぶる震えるようになり、唇も寒さで真っ青になっていた。指先の血のめぐりも悪く、爪先も真っ青に変色している。
ルルリアナは体を丸め、これ以上体が冷えないようするのが精いっぱいだった。
寒さは心まで影響し、ルルリアナはどうしようもない孤独感を感じていた。
私はいつも一人なのだと。
寒さで痛かった指先の感覚が失われたとき、ルルリアナは自分の肩に温かい何かが置かれるのを感じた。
肩から徐々に熱が体に伝わり、ルルリアナは顔をあげる。
ルルリアナの視線の先には、王立学院の騎士科の制服に身を包んだ少年がいた。
ルルリアナより年下に思われた少年は珍しい漆黒の髪に、黒と表現してもいいような焦げ茶色の瞳を持った中性的な顔つきをしていた。
漆黒色の騎士科の制服は、少年の容姿にしっくりと似合っていた。
「ありがとう」
「どういたしまして、お姫様。あなたは神殿に隔離されてるルルリアナ様でしょう?」
少年が「雪の華様」ではなく「ルルリアナ様」と名前を読んだことに驚く。この人は私を
異性と話しているところをレオザルトにみられることを心配したルルリアナは、レオザルトたちがいた方に視線を向けるが二人の姿はなく、ルルリアナはほっと溜息を吐く。
立ち上がろうとするルルリアナを、少年は彼女の肩に手を置き静止する。
「具合悪いんでしょ?無理しない方がいいですよ」
「…大丈夫、心配しないでください」
少年は腰を屈めてルルリアナの顔を覗き込む。
「全然、大丈夫じゃないですよ。唇が真っ青だ!無理して立つと今度は倒れてしまうかもしれませんよ。頭を打ったら大変だ!僕が怒られちゃう。だから、僕のためにももう少し休んでいただけませんか?」
そう言われてしまったら、ルルリアナは少年を振り切ってまで立ち上がろうとは思わなかった。確かに気分がすぐれないし、倒れて醜い姿をさらすことは未来の皇后であるルルリアナに許されることではない。
ルルリアナは少年が視界に入らないようにうつむき、目を合わせないようにするのが精いっぱいだった。
少年はルルリアナに比べて幼い印象がったのに、まるで兄のように幼い子供にするようにポンポンと頭を撫でる。
頭を撫でられたのは初めてのことだというのに、ルルリアナはその感触が懐かしく、少年を締め出そうとしていたことも忘れ少年へと視線を向ける。
少年の焦げ茶色の瞳は、見たこともないほど優しさ眼差しでルルリアナを見つめていた。
「雪の華様!」
ルルリアナは侍女カロルの冷たい声にビクッと体を震わせる。
カロルはルルリアナ付きの侍女の中で一番厳格で、ルルリアナの欠点らしくない欠点を見つけては大騒ぎするため、ルルリアナは苦手としている侍女であった。
そのカロルの後ろには申し訳なさそうな顔をしたミナの姿も見える。
ミナは治療神官を探していたのだが、カロルが一人オロオロとするミナの姿をあざとく見つけきつく問いただした。問いだたされたミナは正直に話すしかなかったのである。
「体調管理もろくにできないなんて」と憤るカロルの姿に、ミナは心の中でルルリアナに謝罪していた。
カロルの鷹のような目は具合悪そうに蹲るルルリアナを通り越して、ルルリアナの頭を馴れ馴れしく撫でている騎士科の生徒へと向けられる。ルルリアナの肩に掛けられた黒いジャケットも見逃さない。
「雪の華様!これは一体どういうことですか?あなた様は自分の置かれている立場をもっとご自覚ください。体調管理もできないとなんて未来の皇后失格です。しかもこんな見ず知らずの下民に気安く触らせるだなんて。だから常付け、私は言っているんですよ!あなたは未来の国母としての自覚が全然足りないいんですよ!」
カロルは乱暴な手つきでルルリアナの腕を掴み、無理やり立たせる。
急に立たされたルルリアナは立ち眩みを起こし、体がフラフラと揺れ動いている。
「フラフラなさらないで、しっかりお立ち下さい。」
カロルの突き放す態度に少年は目を顰める。
「もう少しお優しくしたらいかがですか?ルルリアナ様は体調が本当に優れないようですよ」
咎めるような少年の口調に、カロルは見下すように少年を馬鹿にするように笑う。
「あなたはどちら様ですか?雪の華様に気安くお声を掛けるなんて。あってはならないことだとお分かりにならなかったのですか?」
「では、具合の悪いルルリアナ様を乱暴に立たせるのは許されたことなのですか?」
ルルリアナの白く美しい肌には、カロルがきつく握った証拠である手形が赤く残されていた。
そのことにほんの少しのバツの悪さを感じ、それを誤魔化すようにカロルは咳き込む。
「コホン。男性と2人きりで親しくしていたとレオザルト殿下及び国王様にご報告させていただきます。いいですね、雪の華様」ルルリアナに嫌味ったらしく脅すと、カロルは次にリースへと向き合う。「それとお前、所属と名前をいいなさい。」
ルルリアナは少年と目を合わせる。彼女の目はやっかいなことに巻き込んでしまったことに対する謝罪が浮かんでいた。
それに対し、少年は何も困ったことがないようにニコリと笑う。
「初めまして、ルルリアナ様。私の名前はリースです。王立学院の騎士科に所属しております。」
少年は優雅にルルリアナに一礼する。その後、カロルの方に体を変え、先ほどとは打って変わって冷たい口調でカロルに告げた。
「レオザルト殿下に告げ口するのはどうかと思いますよ」
「私を脅すつもりですか?この事も含めて報告させていただきますよ。家名を名乗らなかったということはただの平民のくせに!」
「困ったなぁ。私はルルリアナ様とやましい関係にはありませんし、それに告げ口しないのはあなたのためでもあると思いますよ?ルルリアナ様をたった一人にしたのでしょう?それも具合が悪くて蹲っていたルルリアナ様を」
困ったなぁと笑うリースの顔は全く困った顔はしておらず、それどころかまるで捕食者のように笑っている。
「それは…私ではなく…」
カロルがミナをきつく睨み、ミナは「ヒィ」と小さく悲鳴を上げ視線を逸らす。
「見たところあなたがルルリアナ様の侍女で一番お偉いとお見受けしますが…」
間違っていますか?と、リースが優しく問いかける。優しい口調であるにも関わらず、その声色にルルリアナとミナは背筋がぞっとするのを感じた。
しばらくリースとカロルは睨みあっていたが、カロルが根負けし視線を逸らす。
「…次はありませんからね」
そう言い残すとカロルはふらつくルルリアナの背中を押して無理やり歩かせ、ルルリアナと侍女たちは神殿の方へと去っていった。
その背中を見守るリースの手は、血管が浮き出るほどきつく握りしめられていた。
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