主人公が墜ちた先は、魔王フリオの収める国だった。

桜 みやび

第1話失恋…新たな扉を開く時

「別れよう」


突然に言われたその言葉は桜花おうかの思考回路を一気に止めた。逃げるに逃げられない遊園地の観覧車の中。ゴンドラは時期に頂上に達し、下りかけ様かと言う時だった


「え…瀬名せな君?何いって……」

「何って…?桜花ちゃん聞いて無かった?」

「えと…聞いて無い訳じゃないんだけど…」

「なら何が聞きたい?」


真っ直ぐに合う視線からも瀬名が冗談を言っているようには思えなかった。俯いたまま桜花が黙っていると瀬名は続けて話し出す。


「だって、桜花ちゃん…ヤラせてくれないじゃん?」

「え?」

「うん。だからね?どれだけ俺が出したって、全然乗ってこないし?処女なのは解ってたけどそれでも付き合って3カ月もしたら、普通ヤるでしょ?」

「……そんな…ッッ」


桜花の顔は真っ赤になっている。『ヤる』・『ヤらない』の問題では無く、22歳という若さでまだ処女だという事を笑われた事に対してだった。


「だって…私…まだ22歳で…」

「ハタチ越えてんなら普通は済んでるっしょ。」


その口調はいつもの優しい瀬名とは変わっていた。こんな事を思っていたんだと考えながらも言葉を探していると大きなため息が聞こえてきた。


「ハァァ…ちょっと可愛くて言う事聞いてくれそうだったから、付き合ってたんだけど…アテが外れたな」

「…え?」

「うん、だから、ヤラせてくれない桜花ちゃんは俺、から」


ゴンドラの窓に凭れたまま足を組み直し、すっと目を細めた瀬名。きゅっとスカートを握りしめて桜花は俯いたままゆっくりと話出した。


「瀬名君は…瀬名君は王子様だと思ってた…」

「は?」

「いつも優しくて…笑ってくれて…繋いでくれた手もあったかくて…いつも私の事気にかけてくれてた。だから…ッッ」

「ハッ、クク……そんなのヤる為の前準備だよ。当然じゃん?」

「……ッッ!!!」


そう話していると間もなくゴンドラは地上に降り立つ。


「お疲れ様でしたー!!!」


営業スマイルのお兄さんの声がする。乗る時は手を差し出してくれた瀬名はスタっと先に降りて行ってしまう。桜花は俯いたままゆっくりと降りると、小走りで瀬名の背中を追いかけた。


「待って…!!瀬名君!!」


そんな声も届くことなく何やら携帯を出していじっている。ピタリと止まるとようやく桜花も追いついた。


「本当に…終わりなの?」

「何回も言わせないでくれる?」


そう言いながらも瀬名は、ばっと桜花の掴む袖を振り払った。


「桜花ちゃんとは別れたい。了承してくれないかなぁ。」

「…そんな…」

『陵ちゃん!!いたぁ!!』


桜花の気持ちとは裏腹に目の前に走ってきた女。桜花とは服装や友好加減も全く違う。そもそも人種が違う都言った方が早いほど、180度タイプの違う女だった。


「唯、待ってろって言っただろ?」

「だって陵ちゃん来るの遅いから…淋しくなっちゃった!!」

「あー、はいはい。可愛いなぁ」

「…て、この子?陵ちゃんが別れたいって言ってたって…」

「そう、なかなか首縦に振ってくれなくてさ?」

「瀬名君?……この子…」

「フフ…『瀬名君』だって…可愛いのに?」

「可愛いだけだよ」

「えっとね?陵ちゃんは私と付き合う事にしたの。だからは帰ってね?」

「でも…」

「うるせぇなぁ…そういうところめんどくせぇっていうんだよ」


初めて聞いた瀬名の口調。そして、目の前の自分と全く違うタイプの女…


「最後にもう1回言うよ?桜花ちゃん、別れて。」

「……」


震える小さな細い手を握りしめたまま俯くしかできなかった桜花。良いも悪いも返事が出来ないままに瀬名は唯と呼ばれるその女と一緒に自身の前から去って行った。

周りは楽しそうな声と音楽であふれかえっている。小さな子供なら、『迷子?』とでも優しく接してくれる大人も居るだろう状況のだったが、桜花相手に声をかけてくれる人は誰もいなかった。俯いたままゆっくりと歩を進める。1人でいても遊園地なんて面白くない…そう思いながらも帰宅の地に着こうとしていた。


「…バカみたい…」


ぽつりと呟きながらも不思議な事に涙は流れなかった。再入場用の紫外線スタンプを押印する事なく桜花はゆっくりと出て行った。


観覧車に乗ろうと言ってくれた時には嬉しさで心が躍っていた。ここの観覧車で愛を誓いキスをすると永遠に結ばれる…そんな伝説があったから…


「良くある噂……何だよ…バカみたい…」


遊園地を後にして時期に園内では零れ落ちなかった桜花の目からはするりと涙が頬を伝い落ちていく。


そんな時だ。


ふと目の前にアンティーク調の建物が見えた。小さな小窓からはうさぎや子猫のぬいぐるみが顔をのぞかせている。


「こんなお店…あったっけ…」


遊園地に来るときと同じ道を通っているはずだった。それなのに行きには気付きもしなかったお店に目を奪われた。ゆっくりとその『Welcome』と書かれた小さな看板のかかる扉を押して中に入ってみる。


カラン…カラン……


心地よい音色のウィンドウチャイムが桜花を迎え入れた。中に入るとどことなく甘い香りが鼻をくすぐる。


「あのぅ…」


店員は気付いていないのだろうか…誰も出てこなかった。


「すみません…」


恐る恐るに問うてみるもやはり誰も出てこない。しゅん…として肩を落とした時だ。


パンッッ!!!!


大きな何かがはじけるような音がした。同時に目の前が眩い金色に染まる。一瞬後に下がった桜花は何かに足を取られ、奇妙な感覚に陥って行った。


…・・・オ チ ル  ッッッ  !!!!


その予想は大当たりとなるものの、じきにふわりとした感覚に陥った。ゆっくりと目を開けるとそこにはさっきまでの様子と一転、キラキラと光り輝く夜景が眼下に広がっていた。


「きれい…」


そう呟いたのが何かの合図の様に、グンっと重力が桜花の体を襲った。


「やだ…やだやだ!!!落ちる!!――――!!!!」


言葉にならない様子のまま、死すら覚悟した桜花。ドンっという衝撃を体全体で受けた桜花は色々な事を考えていた。


「(きっと…恋人にフラれて自殺…とかってニュースなのかな…ダサすぎる…)」

『……おい』


遠くの方で『誰か』の声がした。


「おい!女!!」

「…ふぇ?」


これでもかと言わんばかりに2度目ははっきりと桜花の耳に届いたその声は、聞いた事が無い声だった。


「聞こえているならさっさと退け」

「退けって…一体何の…事…」


座り込んでいた桜花は自身の状況把握に多少時間を食った。しかし次の瞬間には赤面しながらも思いっきり頭を下げて謝った。そう。その声の主を下敷きに上に乗っかり、上から堕ちた桜花はほぼ無傷だったのだ。


「ごめんなさい!!」

「謝罪はいい。ただお前…どこから来た。」

「お前って…」


少しむぅっとしながら、桜花は目の前の男を睨み返す。


「私『お前』なんて呼ばれる筋合いない…」

「質問しているのは俺だ。」

「……私だって解りません」

「解らん…だと?」

「はい」


そう答えながらも少し前まで泣いていた事すら忘れたかのように桜花は小さくもはっきりと答えた。そんな時だ。遠くの方から『誰か』を探す声が微かに聞こえてくる。その声は徐々にはっきりとしたものになってきた。


「フリオ様!!フリオ様ぁぁ!!どこですか!!」

「フリオ様ぁ!!」

「…タク…うるさい奴らだ」

「え?」


ガサっと大きな音と同時に数名の男達が姿を現す。その瞬間に桜花はギラッと光る銃口を向けられていた。


「何奴…」

「待て、下げろ」


そのひと言で男達は一斉にその銃口を降ろした。


「お前、どうせ行くところなどないのだろ」

「え…でも家…」


そう答えようとしたものの、言葉が続かない。と言うよりも続けられなかった。こんな場所見た事もない。それどころかここにどうやって自分がやって来たのかすらも解らない…



お店に入って…


店員を呼んだのに来なくって…


音と同時に金色の光に包まれたら上空に居た……



そう考えているとスッと涙の痕に唇を寄せる男に気付き体は硬直した。


「……ッッ!?!?」

「フッ…なかなか面白い反応見せるな…」

「…な…に」

「お前は俺が連れて帰る。いいな」

「……?!」


返事に戸惑っているとニッとその目が笑う。


「お前じゃ…無い…!!」


睨み返しながらもようやく絞り出せたその声にククっと喉を鳴らしながらも笑う男。


「こいつ!!フリオ様に何て口のきき方!!!」

「まぁいい、待て。…そうだったな。しかし、俺はお前の名を知らんからな。呼び様が無い。」

「……桜花…」

「おうか?」

「桜の花と書いて『桜花』って言います。佐々木ささき桜花…です」

「じゃぁ、桜花。立て、行くぞ。」


そういい先に立ち上がり『フリオ』と呼ばれたその男はフッと背中を向けた。


「まって…!!」

「待たない」

「あの…!!」


そう呼ばれながらもフリオは歩みを停める。振り返るとまた、ニッと笑いながらも月明かりに照らされたまま衣を翻した。


「俺の名はフリオ。フリオ・クレメンス。フリオでいい。宜しくな。


そう言い踵を返すようにファサっと背を向け歩きだした。

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