短編ドラマシリーズ「うらやましい」

溶融太郎

「ミーンミンミンミーン!」

扉を開けると、セミ達の美しいオーケストラが男を包んだ。無意識に男の体は、家の中に戻ろうとする。男の名は、鈴木という。現在35歳、独身、一人暮らし。

そこそこの会社に勤める、労働者である。見た目は、疲れた無精ひげだ。毎朝、悲鳴を上げる体を起こし、不機嫌に出社する、どこにでもいる男だ。

「ヴあ~あ・・・」

いつの間にか、癖になったため息を吐いて徒歩で通勤する。こんな男は、底辺にいる様な男だろうか?それなら日本中が底辺だ。そう、これが今の日本の男性だ。

ぞろぞろと似た様な男達も出社してくる。女子社員だって不機嫌そうだ。

「おー。オハヨーさん。」

鈴木には、中学の頃からの知り合いが同じ会社にいる。その男は田中という。田中は、たまに見かけては声をかけて来る。

「また後でなー。」

鈴木と田中は、部署が違う。鈴木は作業者、田中は事務系。お互い、どんな仕事をしているかは、よく分かっていない。鈴木は着替えを済ませ、作業場に向かった。

「今日もアッチーなー。しゃーない、やるかー。」

ようやく気持ちにスイッチが入った鈴木は、作業を進めた。製鉄材の組み立てだ。

仕事を進めていくと、そこはいつの間にか憂鬱な気持ちも消え、汗をかいて働く。

毎日そんなもんだ。周りの仲間達と、もっと勉強しておけば良かったなどと言い合いながら、過ぎた時間を思い出す毎日だ。まあ、笑い声も出る事もある。

「休憩だぞー。」

気づけば10時になっていた。鈴木は、休憩所でタバコを吸っていた。

「おお、鈴木か。」

そこにいたのは同級生の田中だ。田中も休憩所にやって来たようだ。事務系の田中はスーツに身を包み、ヒゲはキレイに剃り、身綺麗にしている。2人は並んで座っている。

「田中、俺はお前がうらやましいよ。スーツで仕事して、エアコンの下でずっと座っていればいいんだろ?結婚もしてるし、俺、どこで人生間違えたのかなー。」

鈴木はそう言った。

「何言ってんだ。鈴木の方がうらやましいぞ。仕事、楽しそうだし、独身でも、生き生きしてるじゃないか。俺なんて、楽しい事なんか全然無いぞ。」

田中はそう答えた。2人はため息をついた。

「お前のがうらやましい。」

「いや、おまえの方が。」

2人の無意味な言い合いが空回りした。その時だった!雲の上で、朝から酒を飲んでいた神様が2人を見ていた。

「え?うらやましい?変わりたいなら変えてあげよっか?ほれ!ヒック!うーん・・・グゴー・・・」

そのまま神様は寝てしまった。・・・次の日の朝。

「なんじゃこりゃー・・・」

鏡には田中が写っていた。鈴木は田中と入れ替わっていた。田中の中の鈴木は驚いていた。どうなったんだ!?なんで変わったんだ?今頃、俺の体の田中もビビッてるんじゃないか!?俺がアイツで、アイツが俺でってか!?昔のドラマで男女が入れ替わるのは良くある話だったが、男同士で入れ替わって、なんか意味あんのか?

in鈴木は、うろたえていた。

「アナタ、ご飯よ!早く食べてよね!!」

後ろから女が大声をかけて来た。

「何だこのブスは!?ははーん!田中のカミさんか・・・まあ、朝飯位、喰っとくか・・・」

in鈴木は朝食を食べ始めた。

「うまい!!レトルトじゃない味噌汁は、こんなにうまいのか!!目玉焼きなんて久しぶりに食べるわー。」

in鈴木はゴキゲンだ。出勤の準備を済ませ、玄関に向かう。まあ、友達孝行でもしとくかな。

「お前・・・愛してる。」

in鈴木は愛の言葉を吐いた。

「いいから早く行きなさいよ!!!」

カミさんは叫んだ!!

何だ?何をキレてんだ?まあ、いいか。in鈴木は会社へと向かった。会社に着くと、in田中が待っていた。

「おいおい!驚いたぜ!!」

in田中は元気に走り寄って来た。顔は凄い笑顔だ。

「独身て、何でも自由なんだな!!」

in田中は、鈴木の体でヒラヒラ舞う。何がそんなに嬉しいんだ?とりあえず、2人は、仕事内容の確認をした。どうやら記憶はそのままお互いの脳の中にあるらしい。便利な事だ。なんの問題も無い。2人は、そのままお互いの職場に向かった。in田中は作業場、in鈴木は事務所だ。in鈴木はスーツでビシッと決めている自分に酔った。何だか人生が変わった様だ。颯爽と事務所の扉を開けた。

「おはようございます!」

in鈴木は元気良く挨拶した。

「何だその顔は!!」

上司らしい人物が怒鳴って来た!

「え・・・?」

in鈴木は何のことかと不思議だった。

「何だその無精ひげは!?やる気あるのか!?」

上司は、けたたましく怒鳴った。どうやらヒゲは毎日、剃らないといけないらしい。鈴木は1週間に一度、ヒゲを剃る位だった。週末にはヒゲボーボーだ。

「今すぐトイレでヒゲを剃って来い!!」

鈴木は仕方なくトイレの鏡を見ながらヒゲを剃った。毎日剃らないといけないのか。何と面倒な事だ。身なりを良くするのも強制的だと嫌になる。ため息をつきながら鈴木はトイレを出た。

「よし!剃ったか。付いてこい!謝罪に行くぞ!!」

上司は鈴木を呼びつけた。どうやら間違った商品を発送してしまったらしい。それも知らない奴が。これが事務系の仕事か。

「大変申し訳ございませんでした!!」

上司と鈴木は、発送先で深々と頭を下げた。

「おたくら!1度や2度じゃないぞ!!何を考えてんだ!!」

顧客はカンカンだ!こんな仕事は気が滅入る。田中の奴は、今頃笑って俺の仕事をしているのだろうか。こんなんじゃ、うらやましくは無いぞ。変に体が痛くて重い。鈴木は帰り道、フラフラと歩いていた。

「もう、飲まなきゃやってられないよ。あ、今月のこずかい、もう無いんだった。」

鈴木は仕方なく、残った小銭でタバコを買った。

「ただいまー。」

重い足取りで鈴木は家路に着いた。もうクタクタだ。

「あんた!!今日の燃えないゴミ出してないじゃない!!」

ブス嫁が、ギャアギャア吠える。何だこれは。今日が特別辛いのか?いつもの事なのか?鈴木はタバコに火をつけた。

「あんた!!タバコやめろって言ってるでしょ!!臭いのよ!!外で吸いなさいよ!!」

ブス嫁が吠えながら付いてくる。もうほっといてくれ。鈴木はベランダで空を見上げた。

「何で俺、田中の事うらやましいと思ってたのかな。少しも良く無いじゃないか。」

鈴木はそのまま布団に飛び込んだ。



翌朝、鈴木はヒゲを剃っていた。今日の仕事は、謝罪が2件、その後、営業の外回りだ。ヘラヘラと顔を作らないといけないのだろう。もう、鈴木でも田中でも、どっちでもいいや・・・そう思っていた。俺の中の田中はどう思っているのだろう。満喫しているのだろうか。鈴木は会社に向かった。

「お~い・・・」

力無く鈴木を呼ぶ声がする。in田中だ。

「鈴木・・・」

「田中・・・」

in田中も疲れた顔をしていた。どうやら2人とも似た様な1日を過ごしたらしい。

「俺達、何か考え違いをしてたんだな。なるべくしてなった人をうらやましいなんて、結局中身が変わっても、本人にはなれないんだな。」

「そうだな。俺だった頃のお前がうらやましいよ。」

「ああ・・・前の俺がうらやましいよ・・・」

2人はベンチに腰を下ろし、語り合っていた。その時!また朝から飲んでいた神様が2人を見ていた。

「え?うらやましい?じゃ、変えてあげよっか?ヒック!ほれ!・・・グゴー・・・」

2人は道行く会社員達を見ていた。

「あ・・・あれ!?田中か?田中になってないか!?」

「お・・・おお!!お前、鈴木になってるぞ!!」

はたから見たら良く分からない言葉を発する2人だ。

「戻ったんだ!俺達、戻ったんだ!!」

「ああ!!やったな!!やった・・・」

2人は動きが止まった。どっちにしても、どっちもどっちという事に気づいたからだ。

「・・・・仕事・・・行くか・・・」

「・・・そうだな・・・」

2人は、いつもの様に仕事に向かった。めでたしめでたし。

                                                                      

                                   終

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