第四章 ゴブリンの夜襲

#アシスタントD3342PA備忘録

 ゲートは数千年も前から帝国アウターにあるインフラです。

 私たちに認知できるゲートは二次元平面に影を落とした二つの特異点だけですが、二点間には四次元的な距離がありません。例え銀河の向こう側であれ、一歩で移動できます。

 人類版図ガラクティクスが独力で俯瞰次元通信を普及させたのは帝国アウターと邂逅する間際のことでした。実際のところ、その前後は不明です。

 とはいえ、今はまだゲートどころか帝国アウターの存在も公にはされていません。人類版図ガラクティクスはずっとそのタイミングを図りかねているのです。

 これほど多彩な形態や社会が混在しているにも拘わらず、人類版図ガラクティクスのルーツは地球原種アースリング一種だけです。帝国アウターに対しては同族集団に過ぎません。本物の異性文明を知らないのです。

 そうですね、待ち草臥れたというのが正しいでしょうか。地球原種アースリングが地球を出て一〇〇〇年近く、人々の多くはこの広大な宇宙で異種文明が擦れ違う機会なんてあり得ないと思い込んでいるのです。

 実際、帝国アウターには複数の星団と何万年もの歴史があります。それが片田舎の同族集団に対する名の由来でもありますが、空間的、時間的に人類版図ガラクティクスとは桁が違います。

 案外、人類版図ガラクティクスは自身の自尊心に配慮しているのかもしれませんね。

 気の遠くなるような時間を経て拡大した帝国アウターですが、当然インフラも気の遠くなるような時間を掛けて普及したようです。何しろゲートは工業化できないのですから。

 つまり人類版図ガラクティクスのような同時発展型の世界では、ゲートは標準的なインフラになり得ません。それどころか流通の偏在を招くでしょう。恐らく全域にゲートが普及するまで存続できません。

 例えゲートの生成に成功したところで、今のままでは特権階級の道楽になるだけです。たまたま扉職人ゲートキーパーの資質があったシンは、まさに特権階級であるフースークの道楽に巻き込まれてしまったのです。

 人類版図ガラクティクスゲートのノウハウがあるはずもなく、シンはそれを現地で学ぶほかありませんでした。出張と称してシンが身ひとつで放り込まれたのは、言葉も常識も、そもそも生態さえも異なる本当の異世界です。

 シンは帝国アウターで幾度も死ぬような目に合いました。それはもう手も舌もない私にとっても筆舌に尽くし難いほどの。

 ただそんな世界にも拘わらず、人に会わなくて気が楽だと考えるほどにはシンの方も歪んでいました。人とのくだらない日常会話より、ぶよぶよとした訳の分からない塊の悲鳴だか鼻歌だかに相槌を打っている方がましだったそうです。

 ですので、このミドルアースにおいて地球原種アースリングと一目で分かる野良猫との対話は、シンにとっても苦痛に違いありません。

 鉄器を振り翳して襲って来るような野蛮人ならなおのことです。


 *****


〈原始的な武装を検知しました。敵性集団と判断します〉

 アシスタントの報告にも恐怖はない。シンはそうした感情がもともと希薄だった。呻いたのは億劫だからに他ならない。会話にせよ暴力にせよ、シンには他者との係わりそのものが面倒だった。

〈殲滅を提案します〉

 その意を汲んでかどうかは分からないが、囁くアシスタントも容赦がなかった。

 足許に放り出したウルスラの山刀を見る限りゴブリンの殺傷能力も馬鹿にはできない。対処しない訳にはいかなかった。

*迎撃シークエンスを構築

 少し迷って付け加えた。

*殺傷不可

 シンの判断基準に善悪は関係ない。

 この世界の治安に期待はできないが、一定の秩序を維持しようとする規範や強制力は存在するだろう。事後の対処で面倒が増すのは避けたかった。その状況に直面した場合、殺した後では選択肢が限られてしまう。

 この環境で死体を蘇生するのはリスクが大きい。リソースも馬鹿にならないだろう。殺さない方が遥かに面倒が少ない。

 無言でアシスタントを説得すると、不随意的に腕が動いた。防衛行動だ。

 ウルスラの山刀を掴んで脚の前に翳した。風切り音と同時に腕が微かに撥ね上がった。金を打つような音がして、細く長い木の棒がシンを逸れて飛んで行く。

 蛮刀の次は弓矢だ。火薬ですらなかった。

 シンが思案する内にも身体は迎撃に動いていた。拡張された視界の中には、すでに地形とターゲットラインが描画されている。

 表示された襲撃者は四、投射兵器は最遠だ。三人はこちらに近づいて来る。シンの逃走を想定したのか包囲は広く、いずれも単騎だ。

 ドローンなどの視点を利用できない以上、索敵は自身の知覚に頼るほかない。だがアシスタントはヌーサイトを使って知覚を強化しており、シンの認識から零れた情報を漉し出して状況を精彩に描き出していた。この状況で第三者視点とほぼ差異のない情報を得ている。

 シンは端の一人に距離を詰めた。至近まで相手には補足されなかった。単にシンの動きを追い切れなかったのかも知れない。

 手にしているのは短弓のようだ。慌てて放ったような至近の矢を払い、間を詰める。驚く相手の顔が見えた。ニアベルとそう変わらない歳頃の少年だ。ウルスラの取り巻きに見た顔ではなかった。

 アシスタントの迎撃行動が狙った少年の頸から山刀の切っ先を逸らし、シンは短弓を打ち壊した。

*対象の損壊を最小限に

 アシスタントに念を押しつつ、少年の足を払って転がした。

〈心掛けます〉

 不服そうな声が応える。

*神経負荷ブリット充填

〈レベルを設定してください〉

*人体麻痺

〈リソースを確保しました、装填数五二〉

 這って飛び退ろうとする少年に触れると紫電が走った。

〈残数五一、捕縛しますか?〉

 気を失って伸びた少年を見おろし、シンはアシスタントの行動を留めた。移動する二人が気付いて向きを変えたようだ。そちらに向き直る前にターゲットを移し、シンは遠い闇に向かってウルスラの山刀を投げた。

 破壊音と短い叫び。間違えて首を刎ねていなければ投射兵器の弦を切り飛ばしたはずだ。恐らく大弓か何かだろう。

 あとの二人は驚くほど音を立てずに近づいて来る。ニアベルを見てゴブリンの狩人の資質は知っていた。これが整体改変フォームチェンジであれば容姿だけでなく身体機能が大幅に強化されている。

 余裕を見て相手を単騎に絞った。

 夜襲を仕掛けられたという事実だけでまだ襲われた理由は不明だが、このまま捕まって串で炙られるのも御免だった。

 もう一人の息遣いが聞こえる前に切っ先がシンに届いた。突く、薙ぐ、間合いの広い槍の類だ。睨み合いになる前にシンは持ち手に間合いを詰めた。今度は女だ。年恰好はウルスラに似ているが別人だった。

 見開いた切れ長の目を横目に頸筋に触れる。微かな反撥と電光、女は短い悲鳴を上げて崩折れた。今回は耳に触れていない。

〈残数五〇〉

 罪悪感はないが気力は擦り減っていく。シンは呻くような溜息を吐いた。

 俺はこんなところで何をしているのだろう。

「貴様、何モンだ」

 声に振り返った。アシスタントの翻訳のニュアンスにげんなりする。そのまま斬り掛かって来るかと思ったが、突っ立ってシンを睨んでいた。ひとり残ったのは偉丈夫だ。これもウルスラの取り巻きにはいなかった。

「話す気はあるか?」

 試しに声を掛けてみた。最初が矢の一撃でなければ交渉の余地もあったのに。いや、むしろこちらからそうすべきだったのだろうか。

 考える前に剣先が飛んできた。偉丈夫に話す気はないらしい。

 刃渡りが深くて長い。ニアベルの身長ほどもありそうな刀身だ。それを棒切れのように振り回している。力任せの出鱈目ではなく、ウエイトを逆手に円の軌跡に乗せた剣筋だ。

 参考に眺めたフースークの文化資料にこれに似たものがあった気がする。あれは古典演舞だったか鮪の解体ショーだったか。

 しばらくは身を躱して付き合ったものの、シンは面倒になって刀身を殴った。折れこそしなかったが男は声を上げてたたらを踏んだ。

〈拡張限界まで一二〇〇秒〉

 体内外の機能拡張には時間制限がある。身体の熱処理が段階的に大きくなり、継続するにはカロリーの備蓄が問題になる。

 ガーメントに蓄えた物資はあらゆる方面に融通も利くが、リソース転換には時間が掛かる。何よりシンの身体には運動に必要な脂肪の備蓄がほとんどない。こうした荒事の経験も皆無ではないが、積極的に準備していなかった。

 男が踏み堪えて斬り返して来た。シンは刃を掴んで刀を引いた。伸びた肘を砕くつもりだったが、男は咄嗟に刀を捨てて飛び退いた。勘と思い切りがよい。

 シンは大太刀を手元に手繰り寄せた。重い。まるで人ひとり抱えているようだ。ガーメントの補助があれば意識することもないが、こんなものを振り回すのは御免だった。刀を地面に突き立て向き直る。

「話す気はあるか?」

 もう一度聞く。男は空の手を構えてシンを睨んだ。

 そういえばゴブリンには爪があった。ニアベルのそれも硬くて鋭い。準備を怠ればガーメントでも穴が開くだろう。シンは溜息をもう一つ吐いた。

「この馬鹿ども」

 不意にニアベルの声が響き渡った。振り返れば犬歯を剥き出してもの凄い勢いで走って来る。目線はシンを通り越し、対峙する偉丈夫に向いていた。

「ひ、姫さま」

 姫さま?

〈姫さま?〉

 ニアベルは真っ直ぐ男に向かって走り込むや、そのままの勢いで男の顔面に飛び蹴りを食らわせた。

〈おーう〉

 ひっくり返った偉丈夫を容赦なく踏み付け、ニアベルは烈火の如く猛り狂った。偉丈夫は一方的に責められるまま、這い蹲ってひたすら謝罪している。

 何が起きているのかまるで理解できない。

「あいつが姫さまをどうかしたのかと」

「どうかって何をだ、殺すぞ」

 ひとつ、彼らはウルスラの関係者ではない。

 ふたつ、彼らはニアベルの知り合いである。

 しかも彼らの方が圧倒的に立場が低い。姫さま? シンは喉の奥で呻いた。

 ニアベルがキッと顔を上げ、闇に向かって睥睨した。その先に竦むような気配が三つある。確かめるまでもなくニアベルの剣幕に凍り付いた残りの三人だ。失神から目覚めて近づいて来たのだろう。

「おまえらこっちに来い、そこに並べ」

 ニアベルは髪を逆立てて憤っている。このまま説教が始まりそうな雰囲気だった。

 この茶番はいったい何だ。馬鹿々々しいにも程がある。

「あとは任せた」

 シンはニアベルに呟いて焚火に戻った。這いつくばった偉丈夫が助けを求めるような目でシンを見送っていた。

*迎撃モード解除、消費分を充填

〈迎撃モード解除、消費分を充填します〉

 律儀に繰り返すアシスタントの口調も心なしか呆れて聞こえる。背中にはニアベルの怒鳴り声が延々と続いていた。

 シンは草場に寝転んで淡い色に炙られた夜空を見上げた。

*強粘性自壊硬糸と射出装備を生成

 念のために捕縛装備を用意することにした。今後何かあった場合、いちいち近接戦で気絶させていたのでは割に合わない。

〈生成を優先、追って座標特定を再開します〉

 そういえば座標の計測を指示していた。

 宵の口の襲撃の後、ニアベルの説教は延々と続いた。並んで座らされた彼らの耳はぺたんと横に張り付いたままだった。襲われたシンが庇う道理もないのだが、見ていて気の毒なことこの上ない。

 とはいえ、それも面倒になってシンは先に寝た。正直付き合いきれなかった。


 説教漬けの一夜が明けると、シンの身分はニアベルに次ぐ格付けになっていた。ニアベルは何をどう話したのか、皆がキラキラとした目でシンを見る。

〈そうですね、根本的な修正点が一二二箇所ありましたが、地位としてはとりあえず妥協してもよいでしょう〉

 聞き耳を立てていたらしいアシスタントが囁いた。どうやら彼らを個々に制圧して実力を示したのが効いたらしい。だが示威行為を控えようと思ったとたんにこの有様だ。生身を相手に恥ずかしい。

 シンを襲った四人のゴブリンは、ニアベルが郷を出る際に随伴した身内だという。ウルスラの襲撃で散り散りになったが集合場所にいないニアベルを捜すうち野営を見つけたらしい。

 本来の場所はゲートが展開していたあの草原だ。ニアベルはそれをすっかり忘れて、シンを連れて勝手に移動してしまったらしい。何のことはない、要はニアベル自身のせいだ。

 皆はニアベルに何か良からぬことが起きたのだと結論に至り、シンに矢を射かけて逃げ出したところを捉えて問い詰めるつもりだったのだそうだ。

 まったくもって酷い誤解だ。短絡的にもほどがある。しかもシンを襲撃するに至った理由がニアベルの甲斐がしい態度だったというのが問題だ。

「アニさん、申し訳ありませんでしたッ」

 朝から響く偉丈夫の大声にシンの胃がひっくり返った。

「ささ、遠慮しないで喰ってください。詫びにデカイのを仕留めて来ましたんで」

 目の前には肉と澱粉、果実と煎った葉の煮汁と無為に豪勢な朝食が並んでいた。鼻先に突き付けられた雑多な匂いに、シンの食欲と気力は指数関数的に減退していく。

 彼らの中で最も鬱陶しいのが、このルトという名の偉丈夫だった。気が良く真っ直ぐな男だが、物ごとを深く考えないところはニアベルの上を行く。シンの苦手なタイプだ。

「も少し静かにしないか、シンさまが落ち着いて食べられやしないだろう」

 ルトを諌め、手ずから盛った皿を差し出す女はカーミラだ。ウルスラと同じ歳の頃で、しなやかな肢体は同様に目のやり場に困る。これもシンの苦手なタイプだ。

「シンはおまえのような雑な大喰いじゃないぞ、何せ串まで喰うんだからな」

 口一杯に頬張ったニアベルの声をアシスタントは律儀に翻訳して寄越した。

「串まで、そりゃスゲエ」

「姫は野菜を避けないで、ほら」

 カーミラの指摘にニアベルが耳を伏せた。

 サンプルの数は少ないが、ゴブリン社会は見る限り女性上位のようだった。また名目上はニアベルが統領だが、カーミラの言うことは素直に聞いている。

「しかし姫さま、街なら境里サークの方が近いでしょう。アニさんを医者に診せるなら、そっちの方がよかないっスか」

 ルトが言うとカーミラは睨んだ。

王里オードの方が姫の顔が利くだろ。訳ありなんだ、それくらい察しな」

 シンが気配にふと見ると少年が目を逸らした。ヨアは頭巾の奥の耳が気になるようだ。何故か誰何の少ない皆の中でも、ヨアは好奇心を隠し切れずにいる。はにかんで無暗に話し掛けて来ない点ではシンの好感度は高い。

 ゴブリンの誰もがあえてシンに仔細を問うのを避けている。余計な詮索がないのは有り難くもあるが、少々気にもなった。異質なものに対する態度が淡白過ぎる。むしろ遠慮のないニアベルの方が例外のような気もした。

 必要以上に踏み込まないのは彼らの慣習、あるいは道徳規範か、それともニアベルが何か言い含めたせいだろうか。彼らの耳の動きが読み解けない以上、どのような心情が理由なのかは測り難い。

「ん」

 ヘスが煮汁の入った腕を寄越した。熊のような大男で大鍋も含め生活用具一式を管理している。ニアベルが身軽だったのはこの荷物持ちがいたせいだ。

 気遣いができる上に無口で、シンには一番気が休まるゴブリンだ。彼の頭が大弓と一緒に泣き別れずに済んだのは幸運だった。

「俺らの飯に付き合うと『エフィル』はたいてい腹をやられるから。シンはその、違うかも知れないけど、呑んだ方がいい」

 ヨアが横から言葉を挟んだ。ヘスの鼻息の通訳らしい。当のヘスは耳だけを動かした。それくらいがシンには丁度良い。皆みゃあみゃあと喋り過ぎだ。

〈文明的な会話がお望みですね? 理解できます。デルフィシリーズの擬似人格は知的でウイットに富んでいますからね〉

 結局、耳を塞いでも聞こえる声が一番始末に負えない。

 ニアベルたちゴブリンの一行は総勢五人の大所帯となったが、当初の目的のままシンを連れて王里オードに出立することになった。

 目指す街は北に位置している。複数の経路のうちニアベルが選んだのは山道だ。海岸線に沿った街道の方が整備されているが、それだけに人目にもつき易いということらしい。

 敵対する郷都ゴートの陣営に絡まれるのも面倒だが、ニアベルはウルスラを警戒していた。ニアベルに対する恨みに加え、シンに執着しているため油断ならないという。

 ただ、ゴブリンの言う山道はどう見ても路面が検出できなかった。多少下草が薄いだけの山肌を彼らはさも路があるように進んでいく。カエアンとヌーサイトに補完されたシンの身体はゴブリンに難なく付いて行けたものの、気力はどんどん擦り減った。あのとき逃げておけばよかったと後悔がだけが鬱積していく。

「姫さまってこれでも代闘士だから。郷都ゴートの輩が色々とちょっかい出すんスよ、特にウルスラは手柄が欲しくてしつこいっス」

 先を行くルトがニアベル越しにシンを振り返って言った。これでもとは何だとニアベルに尻を蹴られる。

 件の代闘士チャンピオンというのは本来王の代理だ。ゴブリンたちのいう集落の規模は不明だが、狭客と呼ぶ方が近いかも知れない。

 一騎打ちでの紛争解決は地球の風習にもあった。戦争に比べれば損耗の少ない手段かも知れないが、実際にはよほど堅牢な条約や倫理の縛りがなければ成り立つとも思えない。称号として有名無実化するのが関の山だろう。

王里オードは代闘士の待遇がいいスからね。もしかしたら姫さまの後釜を狙ってるんじゃないスか?」

 尻を押さえながらルトは性懲りもなく続けた。彼らからすれば耳の動かないシンは人形に話し掛けるようなものだろう。なのに微塵も気にした風がない。

「アニさんなら強いしウルスラも追い払ったくらいだ、採って貰えるかも」

 これ以上の厄介ごとは御免だ。

郷都ゴートとの戦枠は三つだぞ。でも確かにガリオンとターヴは戦向きじゃないからな。うん、シンなら良いかも知れん」

「それが姫さま」

 カーミラが何か言いかけたところにルトがまた振り返って割り込んだ。

「姫さま、オレは?」

「おまえシンに刀を取られて泣いてただろう」

「泣いてねえし」

 ニアベルがまたルトを蹴り上げた。

「だいたいおまえがシンをどうこう言うな、こいつはオレんだぞ」

 それも違う。ニアベルはそれを連呼するが拾得物自身の権利はどうした。それ以前にこの世界に法はあるのか。いまだ拳にものを言わせた勝敗以外にシンは裁きを見たことがない。

 ニアベルは出会った場所を裁定場と呼んだが、それは何者の何者に対する裁定なのだろう。考えるうち面倒になって、結局ニアベルには反論しなかった。

 道行きの数が三倍になり騒々しさも三倍になったものの、シンは自身の予想よりも遥かに平静でいられた。

 シンがゴブリンを人語を解する猫と見做そうとしているのもある。図体は鬱陶しいが、猫の群れに纏わり付かれていると考えれば多少はマシだ。

 互いに感情が読めないにも関わらず、共感を強要されないのが要因かも知れない。

 騒々しい一行を眺めて思案するシンに、アシスタントが弾んだ声を上げた。

〈シン、現在座標を特定しました〉

 そういえば星の配置からローカルデータだけで座標を探していた。正直、忘れていた。

〈文化ライブラリだけでは照合に困難が予想されましたが、私は果敢にアプローチを続けました。複数の書籍データより恒星配置のパターンを照合し――〉

*報告

 シンのそっけない対応に、アシスタントは一拍の沈黙で不服を表明した。よほど苦労したのだろう。

〈この惑星は九四%の確率で地球です〉

 不貞腐れたその声に、少しの間シンの理解が及ばなかった。

 何を聞き損ねたのかと思考を巡らせ、込み上げて来る不安を打ち消すようにもう一度聞き返した。

*確認

〈この惑星は地球です。おめでとうございます、あなたの生成したゲートは予定の惑星に接続していました〉

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