第32話 課題の整理←らぶらぶ旅行に向けての

 とはいえ、じゃあ次の週末に、らぶらぶ旅行……には、なれない。


 とにかく、類の所属しているお店は、再オープンしたものの、『できる店長』を失って大変なことになっている。叶恵は聡子との面談の結果、休職扱いで入院療養となり、心身を癒すことになった。


 類は、例の同期……永山一福と、ダブル店長フルスロットル体制で毎日がんばっている。ふたりが並んで立つと歌舞伎町のホスト……ではなく、もちろんBLでもなく、バディ的な要素があるらしく、たちまちお客さんの人気者になった。

 類の華やかな容姿とカリスマ性。イップクのフットワークの軽さ。


 経験は浅いものの、仕事は丁寧で真摯。心配された嫉妬や批判はわりと少なく、たまになにかチクっと言われても、ふたりともさらっとかるーく、明るい笑顔で躱しているらしい。さすが、である。


「イップクなんて体力自慢なだけで、脳筋のシロウトじゃん! 超人気アイドルモデルだったぼくと張り合おうなんて、千年早い」


 元モデルは、そう言い張ったらしいが。


「ルイなんて究極的に言うと、単なる社長の七光り的な存在だろ? 努力と忍耐の世界で生きてきたオレには、到底及ばないぜ」


 元駅伝ランナーも、負けていなかった。


***


 一方、さくらは、聡子に指示されたように企画書を書きはじめたが、はじめての挑戦で全然うまくいかなかった。これがまとまらないと、旅行へは行けない。


 ああでもないこうでもないとうなり続けること、数日。


 どうにか、形になりそうなものができたので、まずは誰かに読んでもらって意見を聞くことにした。


 しかし、マル秘の案件。おいそれと披露はできない。類はお店で忙しいし、『総務の仕事』と言い張った以上、さくらが頼れそうな人は総務部にひとりだけだった。


「壮馬マネージャー。相談というか、提案があります。できたら、お時間を取ってくださいませんか。今日じゃなくてもいいんですけど、なるべく近いうちに」


 深刻な声のさくらを見た壮馬は、立ち上がった。


「今、聞きましょう。個室のほうがよさそうですね」


 ふたりは小会議室へ移動した。

 長い時間、席を外せない。さくらはさっそく本題から入った。


「……壮馬さんは、社内の『別れさせ屋』の存在を、ご存知ですか」


 おや、という顔つきで壮馬がさくらを見た。


「叶恵本人が話したのですか?」


 やっぱり、壮馬は知っていた。ちょっとした賭けだった。知らなかったら困ったけれど、壮馬ならもっと詳しく踏み込んで話せそうだ。


「最初は、類くんから聞きました。信じられませんでしたが」

「私も、叶恵には早く辞めるように何度も説得しました。傷つくのは彼女です。ですが、むしろ私にも『別れさせ屋』の仕事を勧めてくる始末で。出世間違いなしだから、と。もちろん、断りましたよ。叶恵はその後も続けていたようですね」


「叶恵さんを助けたいんです。叶恵さんは優秀な人材です。本人に、シバサキの仕事を続ける意思がなければどうしようもありませんが、叶恵さんを復帰させるプログラム作りの許可を社長にもらいました。うまくいったら、『別れさせ屋』も廃止させます。叶恵さんのほかにも、この裏仕事に手を染めた社員がいるという噂ですし」


 どきどきしながら、さくらは壮馬に書き上げたばかりの企画書を手渡した。


 受け取った数枚の企画書に、壮馬は丁寧に目を通した。

 大学の課題を提出したときなんて比べものにならないほど、さくらは緊張している。


 そして、壮馬は顔を上げた。満面の笑顔だった。


「こんな案では、だめです。お話になりません。ここは会社です。お遊びサークルではありません。海水浴、花火大会、ぶどう狩り。小学生の遠足ですか?」


 びりびり。一瞬、通るのかと思ったのに。企画書が、目の前で破られてしまった。


 だめかぁ。さくらは落ち込んだ。

 まずは、叶恵の気持ちを総務部の社員が中心となって解きほぐそう、けれどさりげない形にしたいと思った。夏にできそうな、おでかけイベント、思いつくだけ盛り込んでみたのに。


「でも、外に目を向けるという着眼点は、なかなかのものです。叶恵には気晴らし、癒しが必要です。特に、函館新店見学ツアーというのはポイントが高いですね。ほかの社員たちの勉強の場にもなります。それに、叶恵は函館出身なんですよ」

「そうなんですか? じゃあ、行けるかもしれませんね!」


 おお、光明が差してきた。


「しかし、一泊する予定だと、主に店勤務者……あなたのだいすきなルイさんは行けませんよ。弾丸ツアーにしましょう、日帰りの。部内でアイディアを出し合って、総務部の企画にすれば、会社から補助金が出るかもしれません。叶恵も、気晴らしになるでしょう。彼女が行けるかどうかは分かりませんが、やってみる価値はありそうです」


 会社のレクや飲み会はどの社も縮小傾向だけれども、若い人が多いシバサキファニチャーだからこそ、必要かもしれない。できるかもしれない。


「叶恵や、『別れさせ屋』がかかえているものは、根深い問題です。性急に動いては仕損じます。丁寧に、段階を追うしかありません。叶恵が総務に異動できるよう、私も協力を惜しみません」


 類が『函館店に行きたい』と、こぼしていたことを覚えていて、よかった。向こうのお店のオープンはひと月以上先だし、観光地ゆえ夏は忙しいはずなので九月ごろになってしまうだろう。叶恵も、そのころには出歩けるかもしれない。


「はい! 総務部は、壮馬部です!」


 さくらの威勢のよさに、壮馬は笑った。


「明日から旅行だそうですね、軽井沢ですか」

「えへへ、四年越しの新婚旅行なんです、実は。お休みを取って旅行なんて、会社には迷惑をかけますが、うふふ。あ、おみやげを買ってきますね!」


 さくらは照れながら言った。


「では、ルイさんとヤリまくり旅行で二十四時間、体液の交換儀式ですか。彼はエロの塊のようですからね。吉祥寺店で数日間一緒に仕事をして、おふたりの激愛の秘話を、それはそれはたくさん聞かせていただきました。ぜひ、楽しんできてください」


 ……は、今! とんでもないこと、言われた気がしたんだけど! セクハラ発言んんnnnnn、ん?


 紳士の壮馬は、にこにこしている。理想の上司。

 あれ……ええと、聞き間違えた? 耳、遠くなっちゃったのかなあ。


 腑に落ちないさくらだった。

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