第30話 ラスボスとの対決再び①

 あおいは、両親の自宅で夜ごはんを食べさせてもらっていた。


「ぱっぱ! まま!」


 食事の途中だというのに、あおいは玄関先まで駆け出してきて、ふたりにぎゅぎゅーっとしがみついた。類があおいをだっこする。


「あおい、えらいよ。よく、待っていたね」

「ん! あおい、えらい」

「ただいま、あおい。えらいね」


 さくらも、ふたりをぎゅっと抱き締める。よかった、三人揃った。うれしくて、涙がにじんだ。


「あらあら。たった半日の別れなのに、感動の再会?」


 あおいに、ごはんを食べさせている途中だった聡子が、冷やかした。


「お母さん、あおいをありがとうございました。父さまは?」

「お酒を買いに行ったの。類と飲みたいスパークリングワインを見つけたんだって。もう、戻ってくるころだと思う」


「母さん、話があるんだ。あおいのごはんが済んだら、ちょっといい? さくらは部屋に戻っていてよ」

「私は一緒にいたらだめなの? 私も聞きたい。言いたいこともある」


 横目で、類はあおいを見やった。あおいにはあまり聞かせたくないようだ。おとなの話ゆえ、内容全部は分からないだろうが、わりと覚えているときもある。


「いいじゃない、どうぞ」


 聡子はふたりに座るよう、促した。


「ぼく」

「私!」


 類もさくらも発言権を争った。あおいがまんまるな目をしてふたりを見上げた。


「がっつかないで、さくら。下がって」

「類くんだって、いつも自分ばっかりでずるい」


 至近距離で睨み合った。どちらも譲らない。


「なにそれ。じゃんけんでもしたら?」

「ああ、そうしようよさくら」

「それはだめ(弱いから)! お母さん、私の話を先に聞いてください。私はこのあと、食事の支度もありますし」


 じゃんけんはさくらが拒否した。類に勝てる気がしない。


「ずるい、さくら! ぼくが先!」

「いや。たまには、順番を譲って。今夜、おあずけするよ?」


「おあずけって、ぼくは犬か! それとこれとは関係ないじゃん。ぼくのモノがほしくてたまらないくせに、淫乱さくら」

「ひどい。お母さんやあおいの前なのに。類くんだって、失笑レベルで万年発情期のくせに、人のこと言える立場?」


「それはさくらも同じ。第一、おあずけとか非情なことを、さくらが切り出すからいけない」

「だって。類くんが、いつもしつこくて激しいからいけないの!」


 ぎゃあぎゃあと言い争っているうちに、ベビーベッドで寝ていた皆が泣いてしまった。起きちゃったわ、と言いながら聡子は席を立つ。


「……さくらのせい」

「類くんのせいだよ」


「子どもっぽい罪のなすりつけ合いは、やめなさい。夫婦でしょ。さくらちゃん、悪いけど皆に授乳してくれるかしら」

「は、はい」


「まだ授乳するの?」

「一日一回に減らした、これでも」


 さくらは皆を受け取って別室に移動し、皆に乳を含ませた。リビングでは、類が話をはじめている。ごめんね、皆くん。でも、うああん、ずるい。


「母さん、いや聡子社長。吉祥寺店から、叶恵さんを異動させて」

「いきなり、なにを言うの。人事部の人間でもないのに」


「もともとは母さん、いや聡子社長の手先……秘書だったんでしょ。もとに戻してあげて」

「手先って。もっと、ことばを選びなさい」


「似たようなものだよ。叶恵さんは今、とても傷ついている」

「それは、分かる。でも、お店はオープンしたばかり。あなたたち、連携が取れたいいコンビじゃない」


「お店は、ぼくにまかせて」

「類が? お店経験は、ほとんどゼロなのに?」


「函館店へ行くはずだった、女にだらしない同期。イップク、永山一福。叶恵さんの代わりに、あいつをお店にもらえる? 女関係でしくじって、引き取り手がないでしょ。でも、あいつを、ここで腐らせるわけにいかない。シバサキに必要な、できるやつだとぼくは思っている。ぼくが、根性をたたき直してやる」


「ふうん、フレッシュダブル店長ねえ。類なら、男女問わずオトしちゃうだろうけれど、特に二年目三年目の社員からは嫉妬されるわよ。元売れっ子モデルで社長の息子だからって、新入社員がいきなり店長かよって、反感を買うでしょうね」


「変な言い方、やめて。叶恵さんを使って、ぼくを誘惑させたでしょ。その手には乗らない。ぼくは一生、さくらだけ。叶恵さん、事件のこともあってか、ぼくに本気になっちゃったし、もう無理。ぼくが異動してもいいけど、それだとなんの解決にもならない。このままじゃ、吉祥寺店はお荷物物件。あの店を軌道に乗せる」

「あの叶恵さんが、類に本気? 類ってば、ほんとに女に好かれるのね」


 盗み聞きしていて、さくらはどきどきした。

 類は、いろいろなことを考えていた。お店のこと、叶恵のこと、同期のこと。そして、さくらのこと。


 満腹になったらしい皆が、ご機嫌に戻った。縦だっこで背中をとんとんすると、盛大にげっぷしてくれた。もう、だいじょうぶだ。

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