第24話 深夜の呼び出し③
帰りの車内。
「で、うちのお店のこと、本社ではどんなふうに伝わった?」
おいおいおい、類の先制攻撃? 事情を先に聞きたいのは、こっちなのに。
「……朝、お母さんの社内放送があって。強盗が入ったってことと、全社員再度身を引き締めなさいって、簡単に」
「それだけ?」
「うん。噂が……心ない噂が、いろいろ流れているけれど。実際のところは、どうなっちゃったの、類くん!」
「どー、なちゃたの?」
さくらの放った大声に、あおいが驚いた。
「ほらほら。それは、あおいが寝てからね。けっこうややこしいし、オトナの話」
ずるい、後回し? 自分の聞きたいことだけ聞いておいて。さくらはそう言いかけたけれど、ぎゅっと我慢した。あおいが、きょとんとした顔でさくらを見ている。
「……吉祥寺店のフォローに、総務からも何人か行った。総務部の壮馬マネージャーも、数日間」
「へえ、ランチ事件の上司か。それは、楽しみだな。職場でのさくらの様子、根掘り葉掘り聞こうっと♪」
「類くん、不謹慎……壮馬さんは、店長さんの同期だって言っていた。頼りになると思う」
「なるほどなー。そこまで考えてあるのか。こういう、イレギュラーな対応にも、母さんに学ばなきゃね。会社って、人間関係が大変。正直、モデルをやっていたときのほうがラクだった。メインのぼく中心に、すべてが動くからね。叶恵店長は、しばらく出勤できそうにない状況。売り上げはいいのに、災難続きだなあ吉祥寺店」
「店長さん、休むの?」
「うーん。とりあえず、今週の復帰は無理っぽい。自宅療養。奪われた売上金は保険で埋められるけれど、心の傷に保険はないもんね」
「そんなに、傷ついた……の?」
「だからその話は、あとで。はい、到着っと。降りてね」
***
しかし。
類はあおいが寝ても、なかなか肝心な話題に触れてくれなかった。じらしているのか、話したくないのか、それとも忘れているのか。
昨日お預けになったぶん、さくらの肌ばかりしつこく求めてくる。朝の、苦い香りは消えているが、気になる。
「類くん、そろそろ話して」
「離さない。離したくない」
「……類くん、ふざけないで。お店がどうなったのか、私に分かるように教えて」
「やれやれ。お水、飲んでくる」
ようやく類は、さくらの身体を離れた。パジャマを肩に引っかけて寝室を出てゆく。
インターネットの地域ニュースには、『シバサキ吉祥寺店に強盗 売上金三百万円奪われる』という見出しがあった。『犯人はいまだ逃走中』。特に目新しい情報はない。
パジャマ姿の類が戻ってきた。
時刻は、午後十一時を過ぎたころ。ベッドの中央では、あおいがよく寝ている。
「ベランダ、出ようか」
手には、小さなビンのシャンパンを二本、持っていた。
「お水じゃなかったの?」
「冷蔵庫を開けたら、なんとなくこっちかなって。たまには、さくらも一緒に飲もうよ」
いつもはアルコールを禁止させているのに、酔わせてどうしたい? さくらは、弟の皆への授乳のことを考えた。今から飲んでしまっても、半日後にはアルコールは消えるだろうが、心配だ。
「じゃあ、少しだけ付き合います」
しぶしぶ、さくらはパジャマを着直し、ベッドを抜け出た。少し乱れていたあおいの布団をかけ直してやる。
ベランダは、初夏の暑さが残っていた。もうすぐ、梅雨に入る。
夜遅くなっても相変わらず、東京の夜景は明るくてまぶしい。
類が、二本分のコルクを抜いた。
「かんぱい」
「……いただきます」
ぶどうの甘い香り。辛さの中に、かすかな酸味。泡が舌と喉の奥を通り過ぎる。
「あー、おいしいね。シャンパンだいすき」
類の声が弾んでいる。
お揃いのパジャマで寄り添う、若い夫婦。たぶん、悩みなんてないように思われているだろう。
ずっと言い淀んでいる類が話しやすいよう、さくらは笑みを浮かべて待った。
「そんなに、聞きたい? 作り笑いまでして。人って、ほんとに噂好きだよね。特に、女子は」
なのに、類はさくらに否定的だった。
「私まで噂好き認定なの? だって、うちの類くんにも、大いに関係あることだよ。知りたいって思っちゃいけない?」
「今夜のさくら、ぼくに抱かれていても、ずっと上の空なんだもん。感じているふりなんかしてさ。ほら、もっと飲んで。本音を語る」
「ほんねって」
反論、できない。実際、その通りだった。
「じゃあ、そろそろ話すか。さくらを焦らすのも、楽しいんだけど。どこらへんから話す? なにが知りたい?」
「いや、時系列で全部」
「だよね、そう言われると思った。でも、まずはよく聞いて。さくらがだいすきって気持ちは、変わらないことを。ぜったい、覚えておいてね。はー……」
類は、大きく深くため息をついた。
「じゃあ、聞いてよ」
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