第17話 シバサキファニチャー吉祥寺店オープンです④
その後、さくらはひとりで店内をふらついた。聡子は店長を連れ回し、アドバイスという名の説教が続いている。
郊外型の店舗なので、通路は広々、大きな窓からは明るい光が差し込んでいる。
あおいを連れて来てもよさそうだった。実際、子ども連れのお客さんも多い。
大物家具から、小さなインテリアまで。
自分の部屋に並んでいる家具も多い。
というか、さくらたちの今の部屋は聡子が用意したため、ダイニングのテーブルセットからシステムキッチン、ソファなどの大型家具から壁紙、カーテン、調理器具、タオルなどの小物にいたるまで、ほぼシバサキ製。
モデルルームみたいだが、どれも使いやすい。
今日は開店初日なので、どんなお店かちょっと見てやるかという近隣の人も多いはずだが、家具店といえば、普段は、お目当てのインテリアがあってこその来店、だと思う。
棚がほしい。チェアーがほしい。子ども用の学習机がほしい、などなど。
しかし。さくらは、シバサキの家具で、ううん、家ごとまるっとシバサキで染め上げてしまいたい。シバサキの家具を使った家を建ててみたい。
「あ……」
さくらは、出入口近くの子ども家具売り場にたどりついていた。
子ども用の滑り台やテント、ハンモックなど、遊び心満載の家具が自由に遊べるようにして陳列してある。
ボールプール、あおいだったら絶対に喜ぶ。一日中遊んで、帰らないかもしれない。天蓋つきのお姫さまベッドに、かわいいお花畑柄のラグ。子どもが多くて、まるでキッズコーナーだ。
「ここは、現役の育児パパさんである、ルイさんが担当しました」
振り返ると、店長だった。聡子も一緒だ。
「類くんが?」
「はい。うちの娘だったら、こんな感じが喜ぶって、楽しそうに」
「熱意はあるけれど、私情私欲の塊」
聡子はあきれたが、さくらには類の気持ちがよく分かった。
「私はいいと思います。子ども目線の、子ども家具。普通、家具店って、来ても子どもは飽きちゃうと思いますが、こういう遊び心があると楽しいです」
はしご付きのロフト状になっているシステムベッドの上で、遊んでいる子もいる。
「くれぐれも、事故の起きないように気をつけて。子どもって、突飛もない行動に出るから」
「はい、かしこまりました」
聡子のアドバイスに逐一メモを取りながら、叶恵店長は頷いた。
広い売り場を振り返れば、類が接客に奔走している姿が見て取れた。ベッドの売り場で、夫婦らしき若いカップルに商品の説明している。
靴を脱ぎ、自らベッドに上がって実際に、ぴょんぴょん飛び跳ねてスプリングの具合を確かめたり、ごろんと寝転がって広さや幅を体現してみたり。
類の口からは、ちょっと際どい夜の単語が飛び交っているようで、カップルが赤面している。まだ、午前中なのに。この前まで、アイドルモデルだったのに。
「そろそろ公園へ行きましょうか、さくらちゃん。類が心配なのは分かるけれど。たぶん、涼一さんも限界なはず」
「は、はい!」
そのときちょうど、聡子の携帯電話が鳴った。もちろん、戻ってきてくれコールである。涼一が、子どもふたりの面倒を見るのは、相当しんどいはずだ。特に、あおいの相手はさくらですら、たまに重いときがある。
店長にあいさつをして、ふたりは店を出た。
社長の息子とはいえ、今の類は普通の新入社員。モデル時代ほどの収入はない。正直なところ、ケタがひとつ違う。庶民のさくらは、大学卒の初任給はこんなものだと理解しているけれど、類は違う。文字通り、その『身』で稼いできた。
しかし今、若くても一家の家長として、慣れない家具屋の仕事を日々がんばっている。(やりかたが多少強引でも)早く周囲に認められ、それなりの地位に就きたいと、焦っているのも分かる。
類にも類の事情がある。そんな類を、応援したい。もっと寄り添いたい……。
けれど、今回の件。
浮気相手の女性を、類にあてがってきた聡子の対応は許せない。『類が毎日激しくてつらい』とのろけたさくらへの措置なのだろうが、やり方が男性的過ぎる。それとも、かわいい息子を奪った嫁への嫌がらせ? だったら、こっちだって同じだ。だいすきな父を奪われたのだから。
絶対に、聡子を驚かせてやる。(いつか)仕事で!
困惑や嫉妬が渦巻くけれど、今夜は、今夜だけは、できるだけ類にやさしくしたいと、しみじみ思うさくらだった。
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