第14話 シバサキファニチャー吉祥寺店オープンです①

 翌週。


 土曜日。今日が、吉祥寺店のオープンである。

 さくらは聡子に誘われ、店の様子を見に行くことにした。類以下、店の社員には内緒で。聡子の大好きな、『お忍び視察』である。『抜き打ち検査』ともいう。


「一時間で戻ってきてくれよ、一時間で」


 皆とあおい、ふたりの乳幼児の面倒をひとりで見るのは、一時間が限度らしい。皆はだっこしていればいいが、元気いっぱいのあおいは、じっとしていることができない。さくらが乳母ならば、涼一は保父だった。


「じゃあ、涼一さんとチビッコさんたちは、近くの井の頭公園へ行けばいいんじゃない? 動物園へ」

「どーぶつえん!」


 聡子の提案に、動物好きのあおいは両手を挙げて喜んだ。大興奮である。


「一時間で頼むよ……いちじかんで……ほんとうに」


 出かける前から、その顔には呪われたかのような悲壮感が漂っている、涼一。

 聡子の運転する車で、吉祥寺へと向かった。



 一般に『井の頭公園』というけれど、子連れに特に人気なのは、井の頭自然文化園。動物園エリアである。

 上野や多摩の動物園ほど広くはないものの、サル・シカ・ヤギ・キツネなどに加えてふれあいコーナーがあったりして、身近に動物を感じられる。また、道路を挟んだ南側の分園には、水辺の生きものも展示してあり、意外と幅広い動物に触れることができる。


 公園近くの駐車場に車を停め、そこであおいと別れ、さくらは聡子と歩き出した。

 さくらは休日の普段着、つまり動きやすいジーンズ姿。

 聡子はカジュアルめのパンツスーツだった。お忍びの視察なので、社長だとすぐに知られないよう、メガネもかけている。


「この前は、玲に引き合わせてくれてありがとうございました、お母さん。おかげで、元気が出ました」

「あら。なんのことか、私にはさっぱりね。ダンナさま以外の男から元気をチャージするなんて、さくらちゃんってばいけない子ね」


 聡子はメガネの奥の瞳を、いたずらっぽく輝かせた。


「類くんは私の特別ですが、玲も、私の心の、違う場所にいるんです」


***


 吉祥寺店は、車で来るお客さんを予想し、駅からは少し離れた場所に位置している。


「あら、並んでいる」

「ほんとうですね」


 開店は十時だった。

 現在、十時を少し過ぎたところ。店内に案内できていないと、おかしい時間帯。こういう場合は、オープン時間を繰り上げるはずなのに。某郊外のコス〇コさんは、オープン初日に行列しすぎてしまい、十時開店を早朝の六時半にしたと聞いたことがある。


「ラーメン屋じゃあるまいし。ご近所さんにも迷惑なのに。従業員は、なにをやっているのかしら」


 社員に見つからないよう、聡子は遠巻きに行列を確認した。


「百人ぐらい……いるわね」

「しかも、どんどん人が集まって、長くなっています」


 行列の整理をする人員もなく、列はだらだらとつながっている。イラついた聡子は、さっそく電話を取り出して吉祥寺店にかけてみたが、誰も出ない。


「どういうこと? 本社に電話してみる」

「私、列の人たちに話を聞いてきます!」


 最近、聡子は社長としてメディアへの露出が多いので、正体がバレてしまうかもしれない。その点、類の妻とはいえ、地味なさくらならばフットワークも軽く、聞き込みには適役だった。


 そのときの最後尾は、ちょうど話しやすそうな同年代の女性グループだった。


「すみません。これは、なんの列なんですか? シバサキの新店に、つながっているようですが」


 女性グループの三人は、驚いた顔でさくらを見てきた。


「え。知らないで来たの?」

「ルイくんがね、この前引退したモデルの北澤ルイくんがね、接客してくれるんだよ! 一日限りの限定復帰!」


 な、なにいいいいいいいいいいいいいい?

 そんなの、聞いていない! 北澤ルイは、さくらの類の一部なのに!


「あなた、お金は持って来た? ルイくんと話せて一緒に写真が撮れるのは、現金で十万円以上のお買い物をした人限定だよ! カードは不可だって」


 え、えええええええええええええええええ? 高っ! どんな商売?


 さくらは見渡した限り、列には、OLさん風な人か、それ以上の、仕事を持っていそうな女性が多いけれど、明らかに中学生高校生など、若い子も混じっている。

 人の流れを観察していると、店内で買い物を済ませた人が列にならんでいるようだった。それぞれ、お客さんの手には、シバサキのロゴが入った買い物袋を下げている。

 さくらは丁寧にお礼を言い、列から離れた。

 どんな、便乗商法なの、新店……。

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