第11話 やっぱり落ち着くの①
玲は東京駅から新幹線に乗って京都へ帰りたそうにしていたが、さくらが強引にマンションへ寄るように誘った。弟の皆に会って、と。
聡子の作戦、いろいろ成功した。
さくらも少し元気になった。玲と話していると、ほんとうにラクだ。ずっと会っていなかったとは思えない。
まだ明るいし、帰宅してすぐに夕食を作りはじめれば、それなりに玲の歓迎会ができそうだった。父も聡子も喜ぶと思う。類は連日帰宅が遅いので無理かもしれない。
誘っておきながら申し訳ないけれど、兄とはいえ玲を類の留守中に上げるのは気が引けた。そのあたり、玲も察しているらしく、自分から『俺は母さんの部屋へ行く』と言ってくれた。
幸い、すでに父が帰宅していたので、玲を預け、さくらはあおいと部屋に戻ってきた。
昼寝をしそこねたあおいは、今さらながら眠くなってしまったようで、いやに静かだなと気がつくと、ソファの上でころんと寝ていた。疲れもあるだろう。
口を半開きにして、すぴー、すぴーと愛らしい寝息を立てている。
あとで眠れなくなる、と警戒しつつも、さくらは今のうちにと料理をハイペースで作ってゆく。そして、父母の部屋へ届ける。
「あれ、ヒゲがない」
玲は、ヒゲを剃り落としていた。口、あご、耳下、つるつるである。シャワーを借りたらしい、長い髪もひとつにまとめていた。上品なシャンプーのいい香りが漂う。
「かわいい姪っこに、嫌われたくないんでね」
料理の配膳は玲がしてくれるというので、まかせた。本気を出せば、玲はさくら以上に家事ができる。
今日ばかりは聡子も定時で帰宅すると言う。たぶん、もうすぐ帰ってくるだろう。久々のいちばん上の息子との再会、楽しみにしているに違いない。
急いで部屋に帰ると、あおいが目覚めそうで、まぶたや手足をぴくぴくさせていた。大きくなってきたなと思うけれど、こんな寝顔はまだ赤ちゃんのままだ。
「うっつうううつうっ……あおい、おきちゃった……うっつつううう」
そして、寝起きの機嫌は、よくない。
「よしよし、あおい。皆くんのお部屋、行こうね」
「だっこぅ、うっつっつううう!」
えーと。『あかちゃんじゃない』って、宣言しなかった?
しかし、五分後には多くの人に囲まれて、すっかりご機嫌を回復するあおいだった。おそるべし、幼児パワー。
ヒゲがなくなった玲に、あおいはすっかりなついてしまった。髪を後ろで結び、ぱっと見だけでも清潔さを取り戻したのもよかったらしい。ちょこんと、あおいは玲の膝の上に座らせてもらっている。
「れいおじちゃ? ぱぱに、にてる。ちょっとだけ!」
と、言いながら、耳やら鼻やら前髪やら、パーツをぐいぐいと遠慮なく引っ張って確かめていた。さすがあおい、類のDNAを濃く受け継いでいるだけある。
「いてて……類……あおいのパパは俺の弟、だからね」
「ままには、にてない」
「さくらは妹だけど、血がつながっていないんだ」
「ちが?」
「あおいには、まだ難しいか。世の中には、いろんなきょうだいのスタイルがあるんだよ」
「いる! あおいにも、おとーと、いる。かいくん、おとーと。ほら、きた! ままー、かいくんもおなかいっぱい?」
「うん。もう、眠そうにしているよ」
「……それは、あおいの弟じゃないだろ……」
玲はそっと反論したが、あおいは聞いていない。皆に授乳していたので、さくらは十分ほど席を外していた。
「やっぱり、母乳って偉大よねえ」
聡子はありがとうと伝えながら、皆を受け取った。
「娘のさくらに、自分の子どもの授乳をさせるなんて、よくないだろ? 家政婦の次は、乳母かよ!」
「でも、私は母乳が出なくてね。あげたくても、あげられないの。さくらちゃんのおかげで、皆はとても健康!」
「早くやめろ。さくらは、あおいの母親だ」
玲が、どんっとテーブルをたたいたので、あおいが驚いた。
「ま、まあまあ玲くん。そんなに怒らないで。そのうち、折りを見て……そうだね、皆が六ヶ月を過ぎたら、離乳食もはじまるし」
「まだ、二ヶ月も先ですよ。さくらもさくらだ。弟に授乳するなんて、非常識だ……ん、なんで笑っている、さくら? なにかおかしなこと、言ったか俺?」
「類くんと同じ反応。そっくりだなって」
「軽薄が服を着て歩いているようなあいつに、似ているなんて言われても、おぞましいだけだ。心外」
「ごめん。でも、私が勝手にはじめちゃったことだし、責任は取るつもり。でも皆くんに授乳はよくないなって、思っています。吸われると、すごく気持ちいいんだけど」
「吸、す? 気持ちいい……のか」
玲は顔を真っ赤にした。
「あ。今のは、ちょっと問題発言だった。ほっとするっていうか。母乳がたまっちゃうと、苦しいんだよ。吸われないと、がちがちに張っちゃうの」
「ぱぱも、まいにち、ままのおっぱにしがみついて、ちゅうちゅうしてる! おっぱ、おっぱーって、ちゅうちゅう」
「そ、それは、ただの趣味! あっ、失言しちゃった」
「……おいおい、行き先不安な家庭だな」
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