第5話 帰路

「お待たせ、類くん」

「おつかれさま、さくら。じゃ、行こうか。今夜はオトーサンごはんだって」

「うん、あおいに聞いた。お迎えが、ごはんの対価なの?」


 類は、赤ちゃんをだっこしている。

 しかしもちろん、さくら夫婦の子どもではない。


「母さん、外出から直帰になっちゃったらしくて、『お迎えをお願い』だって。まったく、いいように使われているよね、ぼくたち。ねえ、皆(かい)もそう思うよね?」


 類は皆の顔を覗き込んだ。


 皆は、さくらの父・涼一と、類の母・聡子の間に生まれた男の子である。今年の一月に生まれたので、現在生後四か月。さくらと類の、年の離れた弟。あおいの、年下のおじさんである!



 駐車場に停めてある車に乗り、自宅マンションを目指す。

 あおいは、皆が弟だと思っているようで、何度も顔を覗き込み、ご機嫌だ。たまに頬を突っついて遊んでいる。


「かいくん、かわいーい」


 と、身悶えしながら何度も繰り返している。


「あおいも、かわいいよ」


 と、これは、類。


「ぱぱは、ままにもおなじこと、ゆうし」

「お、子どもながら嫉妬か。うーん、おなか空いた。夜ごはん、なにかな? 炎の塩焼きそばかな」


 父の得意メニューは、焼きそばである。


「おいしいんだけど、ちょっと味が濃いんだよね」


 さくらも同感。 


「ほんと。ビールが進んじゃう」


 モデルを辞めたあと、類はお酒を飲むようになった。父の涼一は、息子と飲める状況がうれしくてたまらないようだ。いろんな種類のお酒を、ばんばん買ってきては、ほとんど毎晩のように飲み合っている。さくらは飲まないけれど。


 そして、類は少し太った。今まで細すぎたので、もっと増えてもいいぐらい。全身で、上からのしかかられると、かなり重いのだけれども。


 自宅マンションまでは、車なら十分ほど。夕刻の都心の道路は混んでいるけれど、間もなく車は到着。駐車場に車をを停めた類は、さくらに尋ねる。


「このままぼく、皆をオトーサンの部屋に連れて行くよ。さくらは部屋に戻って着替えてからおいで」

「分かった。じゃあ、あおいはママと」

「やだー! ぱぱとかいくんと、じいじのおうちいく」


 あおいは本気で類に恋しているので、とにかく一分一秒でも一緒にいたいらしい。


「だったら、類くんのバッグ、私が持って行くね」

「重いよ。いい?」


 再び、類は皆をだっこした。あおいが、足もとにまとわりついている。かわいいけれど、さくらは苦笑。


「おも……重!」


 確かに、持った瞬間、ずしりとした手ごたえがあった。書類などはペーパーレス化が進んでいるとはいえ、モバイルのパソコンと本数冊だけで、かなりの重量になる。


 そして、もっとも問題なのが……女子社員からの手紙とプレゼント。


 断っても断っても、類の不在時……お昼休憩や外出中、机の上に置いてゆく女子があとを絶たない。大学在学中も、とんでもない量だったけれど、モデルを卒業したあとも状況が変わらないので驚いた。


 これを、処分するのはさくらの役目。

 やましいことはひとつもない、と明言する類は、手紙やプレゼントにはいっさい開封しないし、目もくれない。


 ……また、仕分けか。

 気持ちがつまっているだろう手紙などはお焚き上げしてもらい、日用品は寄付する。食品は申し訳ないけれど、処分してしまう。


「さくら? やっぱり重いなら、車の中に入れておいて? あとで回収するよ」

「ううん、これぐらいだいじょうぶ。あおいをだっこすると思えば! 皆くんが起きないうちに、行こう」


 さくらは、部屋につながるエレベーターのボタンを押した。

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