第16幕 必然たる奇跡

 星海燕が危惧していた事態に、今、彼の視界が奪われていた。

 星海燕の目の前には、先程転がってきた、痛々しい姿で横たわる蒼鬼姫がいる。意識は無く、ぼろ雑巾の様になった――それは無惨な姿……。

 そんな信じたくも無い様な現実を目の当たりにして、星海燕の頭の中は、現状を把握するのに、時間が掛かっていた。


 その間、周囲に流れる音は、怪物と化した八尺様の口から漏れてくる息遣いだけで、それはまるで、静かな湖面に途切れ途切れに浮かんでくる空気の泡の音の様である。張り詰めた中に聞こえるそれは、ミスマッチでありながらも不気味さを際立たせている。

 かなり離れていても、その息遣いが聞こえてしまう位、周囲には音が無い。

 それが、蒼鬼姫という鬼が住み、鬼化達が集まる、異界なのだ。


 そこの住人であり、八尺様にゴミの様に捨てられた、蒼鬼姫の顔には生気が無い。衣服である十二単衣は、至る所が裂かれて、乱れていて、そこから覗く白い玉の様な肌には、切傷や擦過傷と挫創が至る箇所に広がっていて、目を覆いたくなる。


 そんな変わり果てた姿の蒼鬼姫に、星海燕の視点が合い、そして、僅かな時間をおいて、彼の表情は、次第に変わっていく。ドクンと心臓の音が彼の中に広がっていき、脳がそれを認識したと同時に、凄惨な現実を一気に認識する。

 禊ぎ中に真っ白で綺麗な裸を見られて、真っ赤になって悲鳴を上げた…………。

 あざとい商人の様な表情を扇子で隠しながら、星海燕に目を細めた…………。

 見た目は幼いが、妖艶な含み笑いをして、星海燕を誘惑してきた…………。

 織乃宮紫慧と口喧嘩で言い合いになり、とんでもない言葉が突いて出た…………。

 昔の、親友であった八尺様との因縁に、悔し涙を流した…………。

 話を聞いて涙を流した星海燕に『優しい』と母性愛の様な慈しみの表情の…………。

 そして、別れ際の、口調の強さとは裏腹な、あの切なさと悲しみを含んだ、何処か助けを求めていた――――蒼鬼姫という、鬼化を狩る為に生まれた生粋の鬼。

 種を超えた友人が出来て、心の底では喜んでいた…………。

"…………なんで…………"

 何故、こんなになる迄、蒼鬼姫は傷つかなくてはいけなかったのか。

 織乃宮紫慧が『何もしなかった事が悪い』と言っていたが、その為いで、こんなになる迄、傷付かなくてはいけなかったのであろうか。

 誰だって、心を許した友人を、理由はどうあれ、殺す事に躊躇って、出来なかったとしても、非難されるのは間違っている。

 そんな下らない理由で、あんなにも優しい鬼を過酷な状況へ追い込んだのか。

“誰がッそんな下らない理由で…………誰がッ!”

 現実は残酷で、この世界は、なんと非情に満ちているのであろうか。

 怒りと憤りが星海燕をみるみる包んでいく。不甲斐ない自分に……それはアカシックレコードに触れてしまった為いで、自分以外の情報がフラッシュバックしていく。脳に負担がかかっているのが、明らかに分かる。でも、止められない。考える事が止められない――いや、情報処理が止められないのだ。その為いで、自分の想いなのか、他人の想いなのかさえも分からなくなっている。

 でも……これだけは判る…………これだけは……。

「…………こんなのは違う…………。違う、違うっ、違うッ!こんなのは間違ってるッ‼︎」

 星海燕は、心の底から――――叫んだ。


 その声は強い心の言葉――。

 世界に対しての否定の言葉――。

 それは世界の理に反する力――。

 その力は、巨大で強力な世界の理でさえも、飲み込んでしまう程の、絶対的な巨大で強力なる『星海燕』という存在――。


 その咆哮に気押された様に、空間が、世界や次元が、萎縮し歪む。

 その途端、星海燕を中心に、見えない何かが物凄い勢いで、広がっていく。

 それは、全ての存在に、物体や距離や空間・時間・世界・次元という全てへと、瞬時に『侵蝕』してしまう。いや、それは『征服』――又は『蹂躙』や『陵辱』と言った方が近いかもしれない…………。


 今、何が起きているのか――説明が必要であろう。簡単に言えば、先に述べた『現実改変』が起きたのである。

 現実改変は文字通り、願うだけで思った通りの現実に変えてしまう能力である。それは世界の法則だけでなく、過去に起きた事さえも変えてしまう。例えば、太陽が西から上って東へ沈ませる事も、近江屋事件で坂本龍馬の暗殺を防ぐ事も、思うだけで出来てしまうのだ。チート能力と言えよう。まるでオカルト的な魔法の様な最強能力ではあるが、現実改変の科学的解明されている。だからこそ、『財団』は、対抗手段も終了処分――殺害する方法も心得ている。『財団』に限らず、他の団体組織にも、その情報は周知のものであるから、それぞれの団体組織に所属する現実改変者達も存在する。それらの団体組織にも引けを取らないどころか、業界のトップクラスである『財団の力』は、流石と言えるだろう。

 だが、ここに疑問が残る……星海燕は現実改変者なのであろうか。星海燕や織乃宮紫慧の話し振りからすると、彼は何らかの最強能力の持ち主ではあるものの、現実改変能力では無い様な口振りであった。織乃宮紫慧にあたっては現実改変能力を蔑む口振りで、普段から星海燕の能力を高評価している彼女から考えるに、相反する反応と言える。星海燕の持つ能力は、もっと別な能力だというのであろうか。


「……こんな方法は、紫慧的には納得いかないですけど、此れが星海さんの答えなら、紫慧は手出ししませんから……まあ、最初から、星海さんの完全なる勝利は確定してたんですけどね…………だって、貴方が『本当の最強』なんですから……」

 そう呟きながら、ゆっくりと星海燕の体から己の体を離していった…………そして、星海燕の体から離れた織乃宮紫慧の姿は消えていく。


 その為、身体のダメージを抱えていた星海燕は支えを失い、ドサッと前屈みに膝を付いてしまった。彼の目の前には、変わり果てた蒼鬼姫が横たわっている。しかし、視界は水の中で目を開けている時の様に変であり、よくは見えない。

 涙目の星海燕はゆっくりと震える手を伸ばし、その頬に触れる。


 すると、みるみるうちに、その顔に血色が戻っていったかと思うと、突然、大きく息を吸い込み、直ぐに咳き込み出す蒼鬼姫。


「…………良かった……」

 星海燕はそう呟いて、地に両手を付いた。そして、ふらふらとなりながらも立ち上がる。

 苦痛と疲労を全身に纏いながらも、表情に僅かな安堵を浮かべながら、静かにゆっくりと前を見る。

 その視線の先の有り様に、今度は悲哀の表情になって、目を伏せる様に軽く視線を外す。


 それは、異世界である『きさらぎ』の暗闇の中でもはっきりと分かる、大きな真っ黒な塊であった。それが今、激しく蠢いていて、禍々しいその姿は当に厄災だ。そして、それが、鬼化になった上に『闇堕ち』した八尺様の姿であり、星海燕の友人――南條優奈の変わり果てた姿である。


 星海燕にも、それが分かっていた。事のあらましだけを知っていて、その場に居なかった彼ではあったが、それを確信する事が出来た。何故なら、彼の記憶の中には、蒼鬼姫と八尺様、そして、南條優奈の、全記憶とそれに関わる記録が刻まれているのだから……。現に今もリアルタイムに、目の前の怪物の思考や感情、痛みや苦しみの激流に飲まれてしまいそうになる――それだけでは無い。息を吹き返し始めた蒼鬼姫の思考・感情等の情報や、怪物と化した八尺様の中に居る――南條優奈の思考や感情等の情報迄、激しく押し込まれて、己の其れが、一気に剥がされてしまいそうで、頭の中は許容量以上の情報に、脳の至る所に罅が入って、液が漏れ出している状態と言えた。

 その為、目を伏せた後、口を押さえ、焦点が合わなくなった視界の中、並行感覚を失ってしまい、彼は崩れ落ちる。


 そんな崩れ落ちた星海燕を、抱き止めたのは蒼鬼姫である。


 蘇って、急激に瘴気を吸い込み過ぎて咳き込み出した蒼鬼姫は、混濁した意識の中、蹌踉めきながら、立ち上がった星海燕が見えていた。

“ ――ッ⁈…………ッくっ、苦しい…………何じゃ?何が起きておる?……ああっ、そうじゃ……そうじゃった…………妾は八にやられたんじゃった……んッ?何故、妾は生きておるんじゃ?…………それに、何故、あの人間が此処に居るのじゃ?…………あれ程『待っておれ』と言い聞かせておったのに、屋敷から出て来おって……”

 そう頭の中で呟くと、心の中でフフッと笑った。

“……まあ、そうは言うても、お主ならば出て来ようて…………とは言え、あの迷楼を出て来ようとはのう…………ああ、あの女子の仕業…………ンっ⁈――ッ!!”


 前方を見遣り、目を逸らしていた筈の星海燕が唐突に前のめりに倒れて来たのだ。


「――――っ危ないッ――‼︎」

 そう叫ぶと上半身を起こし、星海燕を抱き止めようとした。

 しかし、勢いを殺せたものの、体は体勢を崩し、傾いてしまう。その為、片手で星海燕の体を掴み、もう片方の手から肘にかけては地面に付いて、全てを支える形となった。

 蒼鬼姫は、ホッと安堵の息を吐いた。

 自らが何故生き返っているのか等という疑問は、とうの昔に吹き飛んでしまった。

「…………っ全く……おちおち死んでもおれんの……」

 そう呟くと、星海燕の顔を覗き見る。


 苦しそうに声を漏らしている。意識は無いようである。


 そして、地面に付いて――支えている方の肩越しに、先程から聞こえて来る咆哮の元を見遣った。

 その先に蠢くドス黒い塊は、元友人であった八尺様。しかし一向に、此方に攻撃を仕掛けてくる様子は無い。それどころか、その場に留まり、激しく蠢く姿は、苦しがっている様に思われた。

 蒼鬼姫の脳裏に、厄災を振り撒いた後の光景が――そして、まさか、あの前兆なのか?という考えが、過ぎる。

 このままでは、この人間が、あの時以上の厄災に巻き込まれてしまう。この人間一人位ならば、あの珍妙な女子が何とかしてくれると考えていたが、こんな時に限って、あの女子が居ない。

“妾が何とかしなくては……”

 蒼鬼姫は星海燕の体を片手で支えると、空いた手で彼の頬に平手打ちする。

 咆哮が響き渡る中、その音は掻き消されてしまったが、少し強く叩いてしまった気がした蒼鬼姫は、その頬に優しく触れ、ゆっくりと撫でる。


「…………もう……大丈夫…………」

 静かに目を開け、星海燕はそう口にした。その瞳には、蒼鬼姫を映しながらも、色が無い。

 そうして、嫌がる赤子の様に、弱々しく体を捩って、何度か空を掻いた手は大地を掴んみ、力を入れて、立ち上がろうとしてヨロヨロと体を起こす。


「何をしておる!その様な身体で何をするつもりじゃ!」


 蒼鬼姫は少し勘違いをしていた。

 星海燕が満身創痍なのは、闇堕ちした八尺様と戦闘を繰り広げたからだと思っていたのだ。そして、織乃宮紫慧が現在、何らかの術(結界術)で押さえているのだと。

 しかし、実際にはもう決着しているのだ。それも、星海燕の能力によって。……いや、現在も発動し続けていて、その現実改変能力が、ものすごい勢いで全てを蝕み続けている。神にも匹敵する、災厄を振り撒く怪物は、その餌食となり、何も出来ずに身悶え、咆哮を上げているだけなのだ。


「……もう…………八尺様は大丈夫。……鬼化も……神様の病気も……厄災だって……起きないから……」

 星海燕の頭の中には、色々な思考が次々と溢れて来る。その所為で言葉足らずになってしまう。蒼鬼姫や八尺様・南條優奈の思考や感情が、彼の頭の中を掻き乱し、言葉自体を話す事さえも困難にさせてしまう。


「……どういう事じゃ……?」

 説明不足の言葉に、疑問と不思議が入り混じった顔になる。

 そもそも、自分自身が何故息を吹き返しているのかでさえ、明らかになっていないのだ。そして、星海燕が苦しそうに立ち上がるのを許してしまう。


「…………後は、切っ掛けだけが必要なんです……」

 また説明不足の言葉を呟く。

 それは蒼鬼姫の思考への返答であり、星海燕自身の、行動に繋げる為の口頭確認でもあった。


 そんな星海燕に先程から目を離せない蒼鬼姫。

「……『切っ掛け』?……何の事じゃ?」

 そう投げ掛けるも、答えは返って来なかった。

 よろけながら歩き出した星海燕の背中を見つめたままの蒼鬼姫であったが、ハッと我に返り、星海燕の後を追う為、立ち上がろうとする。しかし、体は正直で、それが儘ならない。


 それはそうであろう。何故なら、死の間際になる迄、体にダメージを負っていたのだから。死からの生還を可能にした星海燕の現実改変能力は、彼女のダメージの回復迄はしなかったようである。

 それは、星海燕自身、現実改変能力者ではなかった事が関係しているのである。絶対無敵の、本来の能力が発動し続けているからこそ、鬼神は一度死の淵へと落ち、蘇った。そして、ダメージの回復を必要な分だけ正確に行なっていたからである。

 それは、彼の意思とは関係無い。絶対なる正確さで…………。


「何をしようというのじゃ⁉︎」


「……行かなくちゃ……」


「……何処へ行こうというのじゃ⁉︎」


「…………まだ、世界が染まりきらないでいるんだ……変えるには、八尺様の所迄行かなくちゃいけないんだ……」

 星海燕の言葉は、意味不明な内容ではあったが、適切な言葉である。


 しかし、それを指を咥えて見ていられる程、蒼鬼姫は達観出来ていなかった。

「そんな状態で出来る事等ありんせん!」

 蒼鬼姫は、再度立ち上がろうともがく。

“ ――もう後悔はしたくないッ!あの時の様にッ!”

 だが、やはり、思い通りにならない。


 そんな中、星海燕は少しずつ、よろけながらも歩みを進める。


 不意に、背中を見つめながらももがいている蒼鬼姫の視点が僅かにずれ、その瞳が大きく見開き、息を飲む。

 八尺様だった怪物――黒い塊が大きな動きが見て取れたからだ。

 

 黒い塊が大きく揺らめき、物凄い勢いで直線に伸びて迫って来る。それは、八尺様だった怪物による星海燕を掴もうとする手であった。正に最期の足掻きの様であった。


 蒼鬼姫は声にならない声を上げ、咄嗟に手を伸ばす。それが、星海燕に届く筈もない事等、頭に無く、過去の惨劇がフラッシュバックする。

 焦げた様な鉄臭い匂いがし、顔を顰める。

 思考は止まりながらも、視界だけははっきりと映し出し、彼女の瞳に焼き付けようとしてくる。

 星海燕が、その禍々しい暗黒の手に掴まれ、己と同じ未来を辿る。それを必死に止めようと、手を伸ばすも届かない。大して離れている訳でもないのに、遠く感じる。


 そして………………。


 負のエネルギー体となった手が、星海燕を掴む事は無かった。

 今、八尺様だった怪物の手は、星海燕を掴もうとしたまま、突如、動きを止めたのである……いや、正確には、何かの力によって、掴もうにも掴めないでいた。

 真っ黒な全身が、見えない力によって侵食されていく。身動きがままならず、悶える事さえ許さない。


「何が……起きて……おるのじゃ?」

 そう呟きながら――そして、蒼鬼姫は見た。八尺様だった怪物の、禍々しかった暗黒に、罅が入っていくのを……。


 そして――激しい耳鳴りの様な音が、響き渡る。

 それは、八尺様だった怪物が纏っていた暗黒が一気に砕けた音だった。

 黒い破片が次々と霧散していく……。

 白い肌が、黒い霧の下から、見え始める。

 白く映えたワンピースを纏った、長身の美しい女性。その顔には笑みが張り付き、長い黒髪は、『きさらぎ』という異界の薄暗さの中で、煌めいている。

 それは、蒼鬼姫の昔語りの中で語られた、八尺様の姿。


「…………これで、完全に……変える事が……出来た」

 星海燕はそう呟く事しか出来なかった。膝が落ち、前のめりに倒れていく。


 それを支えたのは、白くて綺麗な大きな両手――異様に腕が伸びていた八尺様の手であった。

 何も喋らない八尺様は、星海燕を優しく両手で掴みながら、伸びていた腕をゆっくりと縮ませて、彼を自分に引き寄せる。

 その変わらない表情とは裏腹に、彼を見つめる瞳に涙が浮かび、その頬を伝って流れ落ちる。


 意識を失った星海燕の体を持ち上げたままの八尺様を見つめ、蒼鬼姫は呟く。

「…………奇跡じゃ…………」

 神さえが治せない様な不治の病で、鬼化でもあった友人は、消滅させなくてはいけない存在であった筈だった。それなのに、今、目の当たりにしている有り様は何だ?

 蒼鬼姫にしてみれば、それは有り得ない有り様だったのだ。あの頃と変わらない、阿呆の様な彼奴が今そこに居る事は、絶対に叶わない夢だったからである。


 不意に、バチッと大きな音が響いた。


 音のした方を見ると、八尺様の手から星海燕の体が離れ、落下している。そして、足が地面に付く瞬間、星海燕の腕を掴んだ姿で織乃宮紫慧が現れる。


 織乃宮紫慧は、星海燕の体を引き寄せると、抱きしめる。すると、2人の体の周りに光の粒が現れて、星海燕の体へと吸い込まれていく。


「……全て、上手くいったよ……」

 意識を取り戻した星海燕が、織乃宮紫慧に抱きしめられながら、呟いた。


「…………そうですね…………」

 星海燕の意識が戻った事に、織乃宮紫慧は涙を流しながら、そう答えた。

 暫くそうしていたが、満足したらしく、再度、星海燕の体を支える様に体を寄せた。

 そして、織乃宮紫慧は星海燕の体を支えながら、八尺様に背を向けると歩き出す。

 そして、チラリと蒼鬼姫を見遣ると、蒼鬼姫の周囲にも光の粒が現れる。


 瞬く間にその光の粒が蒼鬼姫の体に吸い込まれると、蒼鬼姫は、自らの体が軽くなって、思い通りに動く事に驚いた。

 戸惑いながらも立ち上がり、2人が居る処迄歩いていく。


 星海燕はまだ意識が朦朧としたままで、織乃宮紫慧は彼をしっかりと支えながら、蒼鬼姫の方へ歩いて来る。


「……何が、どうなっておるのじゃ?」

 2人の前迄来た蒼鬼姫は進行方向を塞ぐ様に立ち止まり、目を合わせない織乃宮紫慧に、そう尋ねた。


「……そんな事よりも、さっさと、ダチの所へ行ってやんなよ。……その為に星海さんが戦ってくれたんだから」


 そんな織乃宮紫慧の様子と言葉に、様々な疑問や想いに戸惑いながらも「……そうじゃの」と八尺様の処迄、小走りに向かう蒼鬼姫。


「――八ちゃん!」

 蒼鬼姫は足を止める。そして、見上げる。


 八尺様は、蒼鬼姫が初めて出会った頃の様な美しい姿で立っている。


 そんな久しぶりに会う友人に、何て声を掛ければいいのだろうか。

 蒼鬼姫の顔は百面相となってしまう。「……その……なんだ………久しぶりじゃの……」

 下を向き、そんな言葉しか出て来なかった。


 不意に、頭に優しい感覚がある事に気付いた。


 それは友人の大きな手。八尺様が蒼鬼姫の頭を優しく撫でている。


 それは、古き切ない物語に永き刻を経て、諦めずに抗って掴んだ、奇跡的なハッピーエンドであった。

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神をも恐れぬ全知の錬金術師【アカシックパーフェクトレコーダー】ですが、ヤンキーデレでヤンデレでして……。 わんこ紳士 @lee-yen

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