第13幕 元人造神と幼女鬼神

「……久しいのぅ。……なぁ?八ちゃんよ……」

 蒼鬼姫は、己の屋敷前に構える門の扉を閉じると、呟く様に言った。


 鬼火が次々と灯り、周囲の薄闇に滲んでいく。


 目の前には、元は南條優奈であった――八尺様の姿がある。

 元から禍々しさはあったが、より一層、それを纏い、屋敷前に漂う大気は痛い程にひりついている。

 そして、その両手にはそれぞれ、青鬼の頭を掴んでいる。


 2体の青鬼達は、苦しげに、その手から逃れようと身悶えしているが、四肢は無残にも失われていた。


 南條優奈は、友人であり、小さな英雄であるイェンを目の前で失い、悲しみと、青鬼達やこの世界の運命と、そして何よりも、何も出来なかった自分への怒り・恨みが八尺様の心とシンクロし、飲み込まれた結果、八尺様へと完全に覚醒転生を遂げてしまったのだ。

 そうして、鬼化の元人造神は、あの場に居た青鬼達を瞬時に消し去り、また、鬼化を狩ろうと集まってくる青鬼達をも消し去りながら、此処迄やってきたのであった。

 しかも、転生前の記憶どころか、その意識さえも元のものではなくなっていた。

 全くの、『怪物』そのものになっていたのである。


 蒼鬼姫の表情が僅かに曇る。

“……こんな風にしてしまったのは、妾の責任じゃ”

 己が為すべき事をしなかったから――そう、純粋種の鬼として、狩っておかなかった為に、目の前の親友は、災厄を振り撒くだけに覚醒転生をして、消滅しようとしている。


「……今度こそ、違えぬよ」

 手を握り締める。拳に力が入る。

 其れは、自らへの覚悟の表れでもあった。

「――行くぞっ!八ちゃんよ‼︎」


 すると、頭上に、真っ暗な大きな穴が現れる。其れは、星海燕と織乃宮紫慧が湖の畔で蒼鬼姫と出会った時に現れた穴より、確実に大きい。


「――行けっ!『一鬼当千【いっきとうせん】』っ!」


 すると、件の時とは比べものにならない位の数の青鬼達が、巨大な穴より降ってくるかの如く、その姿を現した。


 普段は、幾ばくかを実体化させ、この『きさらぎ』にやって来た鬼化を、自動で探知・殺害をさせているが、その数の比ではない。

 蒼鬼姫の『一鬼当千』は、彼女の生み出せる最大限の青鬼達で、一気に攻撃を与える――言わば、自らの力を相手に与えるに近い必殺技である。

 但し、広範囲に迄移動が出来る――それと違い、その姿を維持する時間に制限がある。

 相手の攻撃力や数を考慮した上で繰り出す必要があるのだ。

 つまり、目の前の友人は、其れに値する相手という事である。

 

 そんな無数の青鬼達を前にし、たじろぐどころか、八尺様は両手にある――達磨と化した無残な2体の青鬼達を、迫り来る青鬼達へと投げつけた。


 空中の何体かの青鬼達は、其れに巻き込まれ、先の2体の青鬼達と共に、黒い塵へと変わった。

 しかし、多勢に無勢――彼等は怯む事無く、地上へと降り立ち、素早く目標へと走り出す。

 勢いが止まらない大勢の青鬼達に、勝負は決定的なものに思われた。


「……ポッ……ポ……」

 八尺様の口にあたる穴から、音が漏れる。

 目や口が真っ黒な穴である為、表情等は分からず、その意味の分からない言葉に、不気味さを感じる。

 不意に無機質な動きをみせた。片手を上げると、横なぎに振りかぶる。

 其れはまるで、しなった鞭の様――。


 その一振りが、前衛の青鬼達を捉え、重い一撃となって一掃する。


 星海燕が戦った時もそうであったが、八尺様の腕は異常な程伸びる。それはまるで、某漫画の『海賊王になりたい、ゴム人間の主人公』の様である。

 しかも、怪物に相応しく、力自体も強いので、その威力は半端ない。

 その証拠に、餌食となった青鬼達は、その一振りで、黒い塵へと変わっていった。

 そう考えると、かすっただけとはいえ、その威力を受けた星海燕も、流石と言うべきか。


 先の一振りで、一瞬にして其の半数が失われたが、今現在も、巨大な穴から、新たなる青鬼達が現れ、地上へと降り立ち、走り出す。


 八尺様はまた薙ぎ払う様に腕を動かすと、その餌食として青鬼達が黒い塵へと変わる。


 その様子に、蒼鬼姫は舌打ちをすると、パチンと指を鳴らし、天空に浮かぶ大きな穴を閉じ始める。

 今のままでは、拉致が開かないと考えたからである。

 判断が早過ぎる感が否めない様にも思えるが、歴戦の鬼神ならではの勘の様なものが働いた為であった。

 本来なら無数の巨大な穴を上空に現し、青鬼達を生み出すのだが、そうはしなかった。文字通り『千』の青鬼の群勢を出さずして、相手の力量を測ったのである。

 それならば、何も必殺技である『一鬼当千』を使わなくてもと思われるかもしれないが、歴戦の鬼神は、もっと先を読んでの策である。


 穴を完全に塞ぎ切った頃には、出現していた青鬼達は、八尺様に、全て消滅させられていた。

 黒い塵が次々と舞い、この『きさらぎ』の地に漂う瘴気へと解けていく。


「……やはり、妾が直接手合わせせねばならんかの……」

 溜息混じりの言葉を呟くと、扇子で元友人を指して、挑発する。

「――来いっ!八よ……純粋なる鬼にして鬼神『蒼鬼姫』が、直接、狩ってやろうぞ!」

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