間幕 権力者は、更なる大きな力に、呑まれるままに

 場所は――東京の地下エリア。


『守護者の見えざる手』代表取締役である玲汰が居る執務室に、秘書のルシィ=アルベールが、お茶をトレイに乗せ、入って来た。


 普段、ルシィ=アルベールという秘書は、玲汰に対して、お茶を持って来る様な気遣い等持ち合わせていないと言って良い。

 頼んだところで、「そんな暇等ありませんし、貴方にも、お茶なんて飲んでいる暇等無い筈ですが……」と、冷たい言葉が返ってくるだけだ。


 玲汰が、驚きを隠せない表情でいる中、彼女は、まるで普段からの日課の様に違和感無く、お茶請けを優雅に持ち、玲汰の前に、お茶の入った湯呑みを置く。

 只のお茶なのに、見た目からも、美味しそうに見えるのは、何故であろうか?


 とは言え、玲汰も「……どうしたの?」等と、無粋な事を口にする男ではない。

 理由は、容易に想像がつく――だからこそ、こう声をかける。

「……そう言えば、さっき、燕さんから連絡があってね……」

“……どうせ、電話を盗聴していたんだろうけどね……”


 ルシィ=アルベールは黙っている。


 それでも、玲汰は構わず話を続ける。

「如何やら、南條優奈さんというクラスメイトと、『きさらぎ』と呼ばれる異世界に迷い込んじゃったらしいんだ……」

 チラッと、ルシィ=アルベールの顔を見るが、彼女は表情一つ変えない。


「知ってるかなぁ?あの都市伝説の『きさらぎ駅』に出てくる『きさらぎ』だよっ!……凄いよねぇ」


 何の反応も示さない。


「――しかも、南條優奈さんって子は『八尺様』の『覚醒転生』した媒体だって!その上、『青鬼』を使役する鬼神が友達だったらしいし!――とにかく、都市伝説が目白押しらしいよっ!」


――室内は、静寂に包まれる。

 先程から、玲汰の歓喜にも似た口調・息遣いに対して、ルシィ=アルベールは沈黙でしか返さない。


「――やっぱり、燕さんは期待を裏切らないですよ!そう思いませんか⁉︎」

 玲汰が嬉しそうに、そう言った。


 やっと、ルシィ=アルベールは口を開く。

「……不謹慎な言動は控えて下さい」

 言葉は丁寧だが、口調はとても冷淡であった――と言うより、いつもより冷たい声であった。


 これには玲汰もたじたじになる。

「――っご、ごめん。……つい」


 更に冷たい態度で、「ご自分の立場を弁えた言動をなさって貰わないと」と、小言を付け加えた上で「……それで、如何様に致しますか?」と溜息混じりに、玲汰に指示を煽ぐ。


「えっ?何もしなくても大丈夫でしょ。あのお二人なら、問題ないよ」

 先程迄のしおらしさは何処へやら――気を取り直した玲汰は平然として、そう言い放つ。

 一介の長ともなれば、その面の厚さも流石である。


「幾ら織乃宮さんが居るとは言え、救援位は送るべきでは?」


「紫慧ちゃん?……ああ、彼女は『全知の錬金術師』だからねぇ〜」

 そして、玲汰は「其れに――」と付け加える。

「ウチの……いや、全世界の中でも、最強の燕さんが居るから、何の心配も要らないんだよ」


「……確かに、星海さんは強いです。白兵戦において、私が手玉に取られますから。そんな相手、今迄、出会った事無いです」

 ルシィ=アルベールは、元・世界的にも有名な暗殺者であった。色々な経緯があり、現在は『守護者の見えざる手』の玲汰の下で秘書をしている。

 そんな彼女は、星海燕が本部に来た時には、合間をぬって、白兵戦の練習相手をして貰っている。

「――しかし、超常現象の様な任務の対応に長けているとは言い難いのでは?」


「まあ、元々素人だし、特別に訓練を受けた訳でも無い……それなのに、エージェントに任命されているのには、ちゃんと理由があるんだなぁ〜」

 嬉しそうに、玲汰は、ルシィ=アルベールを見る。

 まるで、自分だけが知っている事で、優位に立っているかの様な振る舞いである。


 そんな大人気ない玲汰に、また溜息を吐く。

「……で、理由は何ですか?」


「フフフッ、実は……」

 玲汰は含み笑いを浮かべながら、間をとる。

「――いやいや、秘密なんだなぁ〜。幾ら秘書とは言え、話す訳にはいかない!トップシークレットなんだよねぇ〜」


 大きな溜息を吐くルシィ=アルベール。

 元々、話す気等無いくせに、勿体ぶった態度は何時もの事だが、こんな時にやられると、怒りを通り越して、腹等立たなくなる――呆れるばかりである。


「ああっ、でも、こう言っておこう!『本物の完全無敵の能力の持ち主』だと!」


 そんな玲汰を無視して、ルシィ=アルベールはインカムに何やら話している。

 そして、「……どうでも良いですけど、救援は必要だと思いますよ。『財団』と『MJ機関』に動きがあったようです」と、玲太に告げる。


『MJ【マジェスティック】機関』とは、『財団』と同じ様に、主要国に秘密裏に置かれている結社である。用途に合わせて部門を分け、様々な事象に対応している。

 有名なのは、UFO関係に対応している『MJ12【マジェスティックトゥウェルヴ】』であろう。


 さて、それを聞いた玲汰は「何⁈……『財団』の奴、丸投げしておいて、手を出してくるとは、相変わらずだな。――それにしても、何で今更、『MJ機関』が絡んで来るんだ?」と、不思議がっている。


「さあ、よくは分かりませんが、厄介事になっている様ですよ。どう致しますか?」


「……どうやら、現場に赴かなきゃいけない様だね」


 やっと重い腰を上げた玲汰に、ルシィ=アルベールは冷淡な口調で、こう制す。

「代表には、両上層部へ話をつけて貰わないと困ります。現地には……私が参ります」


 それを聞いた玲汰は、あからさまに驚きと残念さを含めた表情をし、立ち上がる。

「えぇ〜っ!なんでだよっ!折角の『最高に格好良い出番』を横取りするんだよっ!」

 完全に、駄々を捏ねる子供である。

 玲汰はここのところ、地下本部内の自室である、執務室から地上へ出して貰えずにいたのだった。代表取締役としての職務上、あらゆる事態への対処への決定権を持っているが故に、24時間体制で対応しなくてはいけないからである。

 しかし、『救援』と言う大義名分と、『一度は渋って、漸く動く』という既成事実を踏まえた上で――簡単に言えば、『仕事終わりの寄り道』を正当化――いや、『後にルシィ=アルベールに叱られる程合いを軽くする』程度の、言い訳に使おうと企んでいたのだ。


 そんな浅はかな考え等お見通しのルシィ=アルベールは、玲汰の恨めしそうな表情と言い分等を一切無視をして、踵を返し、再びインカムを使用し、他の職員達に指示をしながら、彼の執務室を出て行った。


「……あぁ〜ァ、遊べると思ったのになぁ」

 そう呟きながら、ドカリと椅子に座り込むみ、机の上のお茶を見る。

「……これも『燕さんの能力』が影響しているんだろうなぁ〜」

 仕方が無いと言った表情で、湯呑みを手に取り、玲汰はそれを啜る。

「まあ、『僕が出て行かなくても大丈夫』って事だから、それはそれで良しとするか……あぁ〜ァ、温泉に入って、地酒飲んで、ゆっくりしたかったなぁ〜」

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