第12幕 泣き虫な最強の能力者

 蒼鬼姫の一方的な言葉に対して、自らの想いを返せずに……そして、取り残された星海燕は、今だに立ち尽くしていた。

“…………言い返す事が出来なかった……”

 その想いだけが強く自分自身を攻め続けていた。

 しかし、所詮、星海燕は部外者なのだ。過去に、八尺様と蒼鬼姫の間に起きてしまった悲劇。そして、苦しんだ結果、導き出した結論に対し、話を聞いただけで異論を唱えるのは、人間としての礼節に欠けた――驕りだ。

 だが、星海燕は納得出来なかった。間違った方向へ運命の歯車が廻り始めている――それが分かっていたのに、自分が不甲斐無いばかりに、蒼鬼姫の歩みさえ止める事が出来なかったのだ。

 後悔の念だけが――星海燕を、鋭く、そして、物凄い勢いで重く伸し掛かる。


 そんな星海燕を横で見ていた織乃宮紫慧は、「あんな横暴な鬼の事なんて、どうでもいいじゃないですかぁ」と憎まれ口を叩く。

 それは、星海燕を理解しての言葉と態度。

 それが、何の慰めの一つにもならない事は分かっている。

 しかし、それ以外の、全てのシュミレーションは済んでいて――全てが悪手であった。

 依然、言葉を発そうとしない星海燕に、彼女も紡ぐ言葉を噤む。


 暫く、静寂が続いた――。


「……嫌なんだ。こんな事……」

 何時の間にか、また涙を流しながら、星海燕は、そう絞り出した。

「……間違っていると思うんだ……はっきりと説明は出来ないけど……」

 星海燕は適切な言葉を探した。しかし、感情的になっている為か、それは見つからなかった。

 見つからないながらも、必死になって織乃宮紫慧に訴えているのだ。

「…………何も悪い事をしていないのに……こんなのって無いよ……」

 星海燕は、南條優奈が覚醒転生者である為に、そして、八尺様が闇落ちし、厄災を成す怪物となった為に、消されるべき存在であるという事に、納得出来ないと言いたいのである。


「いえ、『何もしなかった』事が、悪かったんですよ。何も、星海さんが気に止む事はありませんよ。自業自得です」


「だとしても…………悪い事ばかりで……良い事なんか……無いじゃんか……」

 憤りを隠せず、悔しさの所為で、言葉を詰まらせた。


 星海燕にとって、全ての出来事が、まるで自分に起こった事の様に感じているのだ。

 星海燕とは、そんな男なのである。


 そんな様子の星海燕を横にして、織乃宮紫慧は表情一つ変えずに淡々とした口調で、口を開く。

「……それで、『能力』を使いたいという訳ですか?」

 笑顔のままでの抑揚の無い口調には、“星海燕の考えている事等お見通し”という意が含まれていた。


「……うん。…………それが……良いと……思うんだ」

 鼻を啜り、言葉を詰まらせながら、星海燕はゆっくりと答えた。


「……それはエゴでしか無いですよ。……別に、あの女がどうなろうと構いやしませんけど、あの『能力』は、あの女の存在自体の意味を変えてしまうんですよ」


「……でも、このまま何もしないのは、何か違う気がするんだ」


「星海さんが関わっただけでも充分に影響しているのに、『能力』を使い、根底から覆す……その意味はわかっていますよね?」

 そう言った織乃宮紫慧の口調も表情も、やはり、変わっていなかった。


「……うん」

 その声は小さかったが、力強いものだった。


「⁉︎ ――ッ今のままでも、充分に影響が出てるんですよっ!……それに、あの女だけじゃなくて、下手すりゃ……いえ、当然、あのちんちくりんの鬼にも『能力』を使わなくてはいけないんですよっ!」


「……うん」


「…………大体にして、『能力』を使ったからといって、自分の思い通りになる訳でも無いんですよ。……まあ、だからこそ、『最強の能力』でもあるんですけどね。でも、それは怖い事でもあるんですよっ?コントロールが誰にも出来ないんですからねっ!」


 また暫く、沈黙が続く――。


 織乃宮紫慧は表情を崩し、苛立ちにも似た顔になると、「――――っ!あアァぁッっ!――ッ」と、片手で頭を掻き毟った。


 そんな織乃宮紫慧を見る星海燕の顔は曇っている。


「――もうっ!そんな顔されたら、『YES』って言うしかないじゃないですかっ!」

 織乃宮紫慧は、不満たっぷりの表情を前面に押し出し、無駄な抵抗を見せつつ、その言葉は敗北宣言を示していた。


「理不尽だからと言って、この『能力』を使う事が、正しい事じゃ無いのは解っているよ。……でも、なんか、これは違う気がするんだ。ましてや……それを変える事が出来るかもしれないのに、それを黙って見ているなんて、それこそ、間違いだって思うんだ」

 そう言うと、「……それに」と付け加える。

「……昔話の『泣いた赤鬼』や『ごんぎつね』とか『幸福な王子』……その他にも、色々有るけど……俺は好きじゃないんだ。……確かに『人の心を打つ話』ではあるけど、『いい話』じゃない。結局は悲劇を受け入れているじゃないか。……そもそも、そんな結果になってしまったのも、主人公の選択が悪かったから?周りの登場人物が悪いから?周囲の環境が悪いから?……そうじゃないと思うんだよ。誰もがハッピーエンドを、諦めた事が原因だと思うんだ。誰もが不幸にならない世界を諦めて……何故、そんな事を『仕方がない』って、受け入れられるんだよ。妥協なんかせずに、『負けるもんか』って動き出せば、それを変えられるかもしれないじゃんか」


「星海さんの言いたい事は分かりますけど、それは星海さんだから出来る事ですし、そこら辺の存在に求めるのは、酷です」

 そう言って、“しまった!”と織乃宮紫慧は思った。

 彼女にしては珍しい、失言であった。


「だから、俺がやらなくてはいけないんだと思う」

 その懸念が、結果として如実に言葉として返ってきた。


 織乃宮紫慧は、自らが招いた悪手に、言葉が出せなくなってしまった。

…………溜息しか出ない。


――沈黙が続く。


「……あ〜あっ!分かりましたよっ!協力しますよっ!」

 織乃宮紫慧はそう言い放つと、また一つ溜息を吐き、気持ちを切り替えたように、星海燕に向かって、目を閉じる。


 そんな織乃宮紫慧に、涙を拭いながらも、その意を解さない星海燕。


 少しの間をおいて、「――ったくッ‼︎……んっっゔぅっ〜んっ……だぁ・かぁ・らぁァ〜‼︎……協力するってぇェ言っているじゃアぁ〜ないですかっ‼︎」と織乃宮紫慧の一喝が入る。

「――っアカシックレコードのデータをぉ、この世界に具現化するんですよっ!」


「……ああっ⁉︎……そうか。…………ところで……これ……どうにかならないかな……?」

 織乃宮紫慧の言葉で、その意図を理解した星海燕の涙は拭われていたが、まだ、鼻声であった。


 そんな星海燕の言葉に、「――っ!こっちだって、こんな形でするなんて、嫌なんですからねっ!」と、織乃宮紫慧の要らない怒りを買ってしまう。

「……ほんと、こんなの嫌なんですからね。……よりにもよって、他の女達の為だなんて思うと……ほんと、腹立つんですからね……もう、ほんと――っ⁈」


 そんな愚痴を呟いていた織乃宮紫慧の口を、現状をどうにかしたいと意を決した星海燕の唇が塞ぐ。


 いきなりの事に、目を見開き、驚きを隠せない織乃宮紫慧であったが、それは次第に収まり、全身の力が抜ける――それは大人のキスであった。


 そんな織乃宮紫慧を、星海燕は優しく支えるようにしながら、唇を重ね続ける。


 すると――。


 2人の周囲に、光の粒が次々と現れ始める。

 不規則に現れたそれは、小さな光ではあるが、それぞれが様々な光を放っていた。

 それは、アカシックレコードへの接続を意味していた。

 次々と現れる光の粒は、情報そのものであり、そんな事が出来るのは、唯一人――織乃宮紫慧の御業である。

 それこそ、無数とも言える程、小さな光が現れると、2人を包み込んでいく。


 不意に、いくつかの輝きが、物凄い勢いで星海燕に向かって飛んでいき――そして、吸い込まれる様に星海燕の体へと消える。

 その途端、衝撃を受けた様に体を震わせ、目は宙を仰ぎ、その唇は織乃宮紫慧の口から離れる。

 唾液の線がキラリと糸を引いたが、すぐに消えた。

 その間も、小さな光が絶え間無く生まれては、次々と、星海燕の体へと吸い込まれていく。

 その度に、星海燕は打撃を食らった様に、その体に受け続け、その間、今度は織乃宮紫慧が、星海燕の体を抱き締める様に支える。


 星海燕の中に、光の粒が入っていくたびに、南條優奈の、八尺様の、そして、八尺様になる前の者の、記憶や環境の様子、感情が、その他の――莫大な情報が、絶え間無く入って来る。

 それは、想像を絶する記憶量であり、星海燕は、頭の中を何か大きな物が激しく蠢いている様な――痛みとも違う感覚に、気が狂わんばかりの意識に囚われる。


 そして、星海燕が意識を失う頃には、光の粒は全て、彼の体へ吸い込まれていった。


 それが治まり、グッタリとした星海燕を抱き締めて支えている織乃宮紫慧は「……まったく……」と呟く。

「あんな女の為に、星海さんがこんな目に遭わなくたって良いのに……」

 あからさまに呆れながら、溜息を吐く。

「それにしたって、神々でさえ治す事が出来ない『神の病を治す』だなんて……最強の能力を持っているからとは言え、無茶と言うか、蛮勇と言うか……まあ、そんな星海さんだから大好きなんですけどねっ」

 その表情は、何時もとは違う、見た目に相応しい、はにかんだ笑顔で、それは輝いて見えた。


 それにしても、最強の『全知の錬金術師』である織乃宮紫慧から、『最強の能力』と呼ばれる星海燕の能力とは、どんなものだろうか?

 織乃宮紫慧が御業の為に、キスをせがんだのは、アカシックレコードへの接続の為であり、星海燕とのより深い密着が必要であったのだが……それがその『最強の能力』にどの様に関係しているかは、後々語ろうと思う。

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