第3幕 クラスで孤独な南條優奈

 6時限目が終わり、1年3組の教室内はかいほう感からにぎやかであった。

 彼方あちら此方こちらで、あいい話のはなかせている。この後、ホームルームがある事などかまい無しだ。


 しかし、なんじょうゆうところでは、そんなはないていない。ひとりで、うつむいてすわっている。

 この後、何処どこかへ行くのであろうクラスメイト達の声が聞こえる。

 そんな彼女達をちらっと見て、なんじょうゆうはまたうつむいた。

“…………私は、帰るだけ……”


 なんじょうは有名なめいである。

 そのこうけいらいより続いており、地域をおさめる役目のけいと言っても良い。現在では、日本国の政界にも、そのけんは大きくえいきょうしている。

 そんなけいではあるが、ちょっけいにあたるなんじょうゆうの母親は、かく的ひらけた考えを持っており、しょうさいひいでていて、貿易ぼうえきしょうでそのさいかんはっし、今や、おお貿易ぼうえき会社の女性社長として、日々、いそがしくもかがやかしい活躍かつやくをしている。

 父親にかんしては、おおやけにはされておらず、なんじょうゆう自身も、父親が何処どこの誰なのかは知らない。

 だからこそ、親族しんぞく親戚しんせき関係からは、なんじょうゆうの母親やゆう自身もけむたがれているふしがある。とは言え、実力のある、ゆうの母親に対しては、かげいやを言うくらいしか出来ない様で、それはなんじょうゆう自身にけられる事もある。

 そういったねたみやそねみの様なあくは、周囲に伝達でんたつやすく、しかし、それを表立った形にする事も出来なくて、『けむたがられる存在』という形にとどまっている。

 なんじょうほんからは少しはなれた――この土地でも、それは変わらなかった。

 そんな事もあり、普通公立校の『県立西峰せいほう第二高等学校』内において、なんじょうゆういた存在であった。

 めいれいじょうともなれば、周囲もちかがたいらしく、しかも、『けむたがられる存在』ともなれば、周囲から必要以上に距離を取られ、5月に入った今でも、友人と呼べる者はない。


“高校3年間も、また、友達なんか出来ないんだろうな……”


 生まれながらにして身体からだが弱く、幼い頃から、たい調ちょうくずし、何度も病院へ運ばれ、何回も生死を彷徨さまよっている。そのため、周囲の者も一線くようになっていた。

 そんな事もあり、自然が多くて、かんきょうが良い、この田舎の公立校にかよう事になった。

 しかも、この土地には、名医がて、なんじょうゆうたい調ちょうくずした異常時にも対応出来る。

 一流私立の幼稚園・小学校・中学校とても、友達は出来なかった。

 クラスメイト達のなに無い会話に、あきらめにもた感情が彼女をつつむ。


「席にけ!」

 いつの間にか教室に来ていた――女性の声が教室にひびいた。


 クラスメート達は席にき始める。


 しのやまさく――このクラスの女性担任たんにん教師である。

「転校生をしょうかいするぞ!」


 しのやまさくの意外な言葉に、周囲が騒然そうぜんとする。

「え⁉︎……今から?」「1年生のこの時期じきに転校生って⁉︎」

「先生!可愛い女の子なんですか?」

恰好かっこうい男子がいです」

「馬鹿!そんな事言ったら、にくいじゃん!」

「あははは、確かに」

 其々それぞれ、思い思いの事を言っている。


 確かに『高等学校での転校生』というイベントはなかなか無いであろう。

 しかも、時期的にも、紹介しょうかいされる時間的にも、ありない事の様に思われる。

 何故なぜなら、入学して1ヶ月でぐに転校するならば、始めから転校先の高校を受験すべきである。そして、もう今日も終わろうかとしている時間帯に紹介しょうかいされるなんて、そうそう無いであろう。

 生徒達のリアクションは当たり前かもしれない。


“まあ、私には関係ないし……”

 なんじょうゆうはまた、うつむく。

 どうせ、他のクラスメイト同様に、友人どころか、話すかいさえ、無いのであろう。


「おい!入って来い!」

 さわいでいる生徒達を気にもせず、それをうわまわくらいせいりょうで、女性担任たんにん教師のりんとした声がひびいた。


 すると、転校生が入って来たらしく、皆がざわめき始めた。また、口々に勝手な事を言っている。

「なんだ?男子か?」

「男のじゃあね?」

「え~っ!そうでもないじゃん!」

「眼鏡男子だね~」

「ちょっと可愛かわいい系?」

「へ~。ああいうのこのみ?」

「違うよ!」


 すると、今度ばかりは、女性担任たんにん教師のいっかつぶ。

「お前達、静かにしろ!」


 しのやまさくは、静かになったのを確認すると、その後、「……じゃあ、自己紹介して」と転校生にうながす。


ほしといいます。よろしくお願いします」

 他のクラスメート達のきょうを引いた転校生の声が聞こえた。


みょうまで変わった人なんだな……”


 気のいた自己紹介とは言えない様な、たんてきなそれに、しのやまさく溜息ためいきを一つくと、気を取り直して、再度その声が教室内にひびわたる。

「まあ、色々きたい事があるかもしれん。だが、こんな時間だ。後でけ!」

 早く切り上げたいらしい。

 如何どうやら、大遅刻ちこくをしてきた転校生に、いかりよりあきれが先にたってしまい、さら愛想あいそうも無い自己紹介に、馬鹿らしくなって、一層いっそうあきれてしまった様である。

ほしの席は、なんじょうの横の席がいているから、そこな」

 しのやまさくはそう言うと、なんじょうゆうの左どなりのいている席をす。


“……?――⁉︎えっ⁉︎”

 声こそ上げなかったが、なんじょうゆううつむいていた顔を上げる。


 確かに、彼女のとなりは空席であった。

 しかし、まさか、後に転校生がすわるとは考えていなかったのだ。それも男子とは……。


 返事をして、近づいて来る転校生。


 そんな彼をぎょうしてしまうなんじょうゆう心臓しんぞうみゃくつ音が聞こえた様な気がした。


 眼鏡をかけたやさしそうな男の子だった。


“――あんまり見てると、絶対、変な人に思われるっ⁉︎”

 すぐにうつむなんじょうゆう

 となりの席にいたのが、せんの外に見えた。


 そっととなりを見るなんじょうゆう


 すると、ぎょうにもせんに気付いたらしい転校生に「これからよろしくお願いします」と笑顔で言われ、ほおが熱くなり、あわててうつむいてしまう。


「……よろしく……お願い……します……」

 なんじょうゆうは、せいいっぱいの返事を、小さな声で返すことしか出来なかった。

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