八尺様と青鬼の因縁【カルマ】 編

第1幕 転校生は色々と訳有りで、なかなか大変なようで……

 綺麗にんだ水色が大空をめ、5月中旬に相応ふさわしい朝日は大地の全てを照らし、暖かい風は彼のほおでている。周辺は自然に囲まれ、遠くにあるはずの山々が、大きく見える――そこには「田舎」と呼ばれる景色が広がっている。

 そんな東北地方の美しい景色の中、そうもされていないじゃ道に立ち、ひとり、その景色を眺めているのは、黒縁眼鏡と高等学校の新しい学生服姿が良く似合にあっている――ほしつばめある。

 全身が何処どこまでも広がっていく様な気持ち良さ。温かくて、それでいて、心がおどる――そんな感覚。こういう景色を目の前にすると、大自然に身を置く事に対してのじゅうじつ感を受けずにはいられないであろう。

 彼は、大きく背伸せのびをする。そして、ラジオ体操の深呼吸の様に、新鮮な空気を肺に取り入れる。同地方とはいえ、小規模な都市けんないに住んでいた彼にとっては、満更まんざらでもない朝の習慣になりそうである。


“「……大自然の感動にひたっているところ、水をす様で悪いんですけど……」”

 不機嫌そうな声が、ほしつばめの耳に届く。

“「……紫慧しえは、納得なっとくしてないですからね」”

 みずからをファーストネームで呼ぶ――しきみや紫慧しえの口調には、口をとがらせているふんただよっている。

“「……紫慧しえが、すっごく、心配をしているって、わかってます?」”


 そんなしきみや紫慧しえの言葉に、少し困った表情を浮かべ、ほしつばめは反論をする。

「解ってるけど……今更いまさら、断る訳にはいかないよ。……確かに、急な話だったし、無理があるって思うけど……」


“「それは、謙遜けんそんですかぁ?」”

 しきみや紫慧しえの言葉にはとげがあった。


 しかし、ほしつばめはその言葉の意図いとを理解出来ず、困った表情を浮かべている。


 そんなほしつばめの様子に、しきみや紫慧しえ語気ごきあらげる。

“「――っそういう事が心配なんじゃありません!」”

 理解してもらえないいらちをつのらせているらしく、しばしの沈黙の後に、ごとの様にこう付け加える。

“「……だいたい、ぎた謙遜けんそんなんてものは、べつ行為と変わらないんですからね……」”

 彼が他者をさげすむ様な人物ではない事は、彼女もわかっている。しかし、このところの不満を爆発させるがごとくに、次々と攻撃的な感情が、言葉の中にふくまれて、いて出てくる。

“「とてもとは思えないよう姿をお持ちですからねっ!さぞ、ろうえないんでしょうねっ⁉︎」”


 しきみや紫慧しえの言葉通り、ほしつばめは、見た目年齢と実年齢が違う。

 きょく童顔どうがん・どこかおんながおという顔付きである事と、新しい学生服もあいまって、見た目は、中学校卒業したての高校一年生にしか見えない。

 しかし、実年齢は。れっきとしたである。


 そんなしきみや紫慧しえの言葉に、流石さすがに話のみゃくらくを理解した――ほしつばめは、わずかに表情をくもらせる。

 その理由は、自らのよう姿で苦労してきたからだ。

 人間社会において、信用は重要である。第一印象の大半たいはんめるが、それに関係する事を、彼は痛いほど体験してきた。簡単に言えば、『わかぞうあつかい』というやつである。

 それが、女性であれば、喜ぶべき事なのかもしれないが――若く見られる事が、プラスになるとは限らないのだ。

 さて、今現在、年齢詐称さしょうをした彼が、高校生として、この地に来ている理由は――彼の所属しょぞくする組織の任務を遂行すいこうする為であり、そので、適任てきにんと判断されたからである。それが、本人の意思いしはんする事だったとしても、かたが無い。何故なぜなら、彼の組織のトップからのたつなのだから……。

 そもそも、一般の生活を送る人間であっても、社会生活をいとなむ為には、会社という組織にぞくし、その集団の中で、上司の指示しじによって、自らの仕事をこなしていかなくてはいけない。

 当然とうぜん、彼の所属しょぞくするの組織でも、それは変わらない。

 しかし、しきみや紫慧しえの、その様な態度は少なからず、ショックであった。それは、彼女が彼の理解者であり、普段はしたってくれる存在だからだ。だからと言って、完全甘々・全肯定と言う訳でも無い(――とは思っている)。そう、彼女は見た目よりもしっかりとした(?)思考を持ち合わせているのだ。この様な否定的態度をとるには、正当な理由があるのだろう。

 だからと言って、組織の依頼を今更いまさら反故ほごにする訳にもいかない。

 不本意な決断で、板ばさみになった上、自分が気にしている短所を指摘された為に、彼の心はジクジクとしたり傷の様な痛みにとらわれているのだ。


 そんな星海ほしみつばめの心情を察してか、織乃宮しきのみや紫慧しえ苛立いらだちはわずかにおさまり、バツが悪い様な雰囲気をただよわせ、溜息ためいきいた。

 自らの失言で、思ってもいないダメージを与えてしまい、そして、何よりも、そんな姿を見せられては、強くは出られないのであろう。

“「……ほんと、そういう事は心配なんかしてないんですよ……。その……高校って、周りに…………沢山たくさん…………。有り得ないとは思いますけど……そうなれば、星海ほしみさんだって……もしかして、そんな…………と思うし……」”

 彼女は口籠くちごもりながら、本音をつぶやいた。

 不本意にも、星海ほしみつばめを傷付けた事に対して、負い目を感じたからであろう。相変わらず不満を抱えてはいたものの、ここ最近の中で、一番しおらしい口調であった。


 しかし、今の星海ほしみつばめには、そんな事など分らなかった。相変わらず、表情をくもらせている。


 しばらくの沈黙が続く――。


 そうなると、織乃宮しきのみや紫慧しえは何だかえられない気持ちに襲われる。そして、しばしの時をて、ついにそれは、破裂するかのごとく、はっきりとした言葉として、星海ほしみつばめの耳にひびき渡る。

“「――高校って、周りに沢山たくさん居るんですよっ!そうなれば、そんな女狐めぎつねどもかどわかされるかもしれないじゃないですかっ!心配ですっ!嫌なんですっ!」”


 あまりの唐突とうとつな内容に、星海ほしみつばめはキョトンとするしかなかった。

 そして、「……?どういう事?」とたずねてしまう。


 ここで、皆さんに言わなくてはいけない事がある。お気づきの方もいるかもしれないが、先程、『そんな東北地方の美しい景色の中、舗装もされていない砂利道に立ち、、その景色を眺めているのは、黒縁眼鏡と高等学校の真新しい学生服姿が良く似合っている――星海燕であった。』と記したのは、覚えておいでだろうか?

 そう―― 星海ほしみつばめはこの場所で今、なのだ。

 だが、まるで、そば織乃宮しきのみや紫慧しえが居るかの様に話し・振る舞っている。それほど目線を下げていない事から、165㎝の彼と、彼女の背丈せたけは変わらないようである。

 はたから見ると挙動きょどう不審ふしん者か、ひと芝居しばいをしている様にも思えるが、彼の言動には違和感が感じられないのだ。

 つまり、星海ほしみつばめは『彼にしか見えず、彼にしか聞こえない声の』織乃宮しきのみや紫慧しえと、面と向かって会話をしているという事になる。


“「…………」”

 織乃宮しきのみや紫慧しえは何も答えなかった。


 星海ほしみつばめは首をかしげるばかりである。


 しかし、しばらくすると、まるで、何か恐ろしいものにでも遭遇そうぐうしたかのごとく、180度振り返り、逃げようとする星海ほしみつばめ

 その瞬間――彼の背中しに後ろからおおかぶさる様に抱き付く、セーラー服を着た黒髪の少女が、突然現れる。

 先程さきほどから彼と会話を交わしていた織乃宮しきのみや紫慧しえである。


 星海ほしみつばめは、突然、織乃宮しきのみや紫慧しえに飛び掛かられ、思考と言葉を失っている。


 それを良い事に、織乃宮しきのみや紫慧しえはギュッと腕に力を入れ、両脚は蟹挟かにばさみのごと星海ほしみつばめの身体をとらえ、密着度をつよめる。

「――っ!っ!っ!わからないんですかっ!」

 織乃宮しきのみや紫慧しえの声は辺りに響き渡った。

 恥ずかしさと怒りで、可愛らしい顔は真っ赤になり、可愛らしい声は大声で台無しであった。


 痩せすぎず太めでもない、背丈せたけに合った体型。少女でありながらも、女性に変化しようとする年齢に相応ふさわしい、服の上からでも吸い付く様な肌の柔らかさ。そして、それに似合にあった、小さくも大きくもない、形と柔らかさを持つ胸。

 そんな身体付きの女の子としては、少々軽はずみな行動にも思われるが、そんな事を気にもしてない様子である。

 それどころか、どうやら、嫉妬しっと心を吐露とろしたが、愛する人からはキョトンとされ、その恥ずかしさと怒りで、我を忘れてしまっていて、星海ほしみつばめを問いめる様に攻め立てる。

「わざとですかっ!わざとですよねっ⁈わざとじゃなきゃ、おかしいじゃないですかっ‼︎」

 後ろから抱きついた腕は、いつの間にか、チョークスリーパーの型になり、彼の首をめていく。


 星海ほしみつばめは、なんとか腕を外そうともがいている。


 しかし、女の子の細腕でありながらも、その腕力は強い。

 流石さすが、元ヤンキーの織乃宮しきのみや紫慧しえである。


 男としては、『可愛い女の子に後ろから抱きつかれる』という、夢の様なシチュエーションに、喜ぶべきなのだろう。

 しかし、気管が締まり、呼吸がままならない星海ほしみつばめにとっては、『女子高生の胸がムニュッと形を変えている感触を、背中に感じる』という、至福しふくの時間を楽しむ余裕はない。

 その上、顔が近い為に、織乃宮しきのみや紫慧しえの甘い息が彼の鼻をくすぐるのだが、それさえも、意識が遠のくアイテムにしかなっていない。


 さて、そもそも、織乃宮しきのみや紫慧しえは何者なのか?

 それを現代科学的に説明するには、きわめて難しい問いである。


 織乃宮しきのみや紫慧しえは俗に言う『錬金術師』である。

 ご存知の方も居ると思うが、『錬金術』とは、『ありとあらゆるものを変換し、別の物質に造り替えて練成する技術』であり、金までつくってしまう事がその名称の由来ゆらいである。

 つまり、そんな技術を持った者の事を『錬金術師』と呼ぶ。

 しかし、セーラー服を着た可愛らしい容姿の少女が、愛らしい声で『錬金術師』を名乗っても、厨二病ちゅうにびょう少女の妄言もうげんと思われるのが、関の山であろう。

 とは言え、只者ただもので無い事は明白めいはくである。

 現に、星海ほしみつばめに触れる事で、織乃宮しきのみや紫慧しえは姿を現し(自らの体を錬成し)、その声は他の者にも聞こえるようになった。


 これについては、さらに、説明が必要になるが―― 織乃宮しきのみや紫慧しえいわく、「全ての、空間や世界・次元には、存在していない身体になった」との事である。

 つい、『幽霊』や『幽体』といった――心霊関係の単語を連想してしまうが、織乃宮しきのみや紫慧しえは、死んで肉体を失った訳ではない。

 言葉とは便利ではあるが、それはあくまで言葉の範囲内でしか、表現が出来ない。当たり前の事と分かっていても、その場面に遭遇そうぐうするまで、気が付かない。体験によって、初めて気付き、対象に違和感ともどかしさを感じるものである。

 つまりは、織乃宮しきのみや紫慧しえの身体状態に該当がいとうするというものが無いという事である。


 そして、何よりも、織乃宮しきのみや紫慧しえは、『アカシックレコード』の、情報を引き出す・操作・管理など、自由自在にあやつる事が出来る『パーフェクトレコーダー』でもあると言うのだ。

 それこそ、神の御業みわざ以上の事を、いとも簡単にやってのけてしまうのだ。まさに、『完全無敵』であり、織乃宮しきのみや紫慧しえを知る者達からは「神をも恐れぬ全知の錬金術師【アカシックパーフェクトレコーダー】」と呼ばれている。


 しかし、そんな織乃宮しきのみや紫慧しえでさえ、星海ほしみつばめに対しては、一目置いている様である。


 ただ、今現在、星海ほしみつばめの命は、織乃宮しきのみや紫慧しえの愛ゆえに、その手(チョークスリパー)によって、風前ふうぜん灯火ともしびとなっているのだが……。

 謎は深まるばかりではあるが、そんな事はお構いなしに、2人のイチャラブな時間は、まだしばらくは続く様だ……。

 今は、何よりも、星海ほしみつばめが無事に登校出来るのかが心配な――太陽がまぶしい、早朝の出来事である。

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