序幕 『プロローグ』という名の『再会』

『全く何も無い場所』という言葉で、貴方あなたは何を想像するだろうか?

 異世界物語に明るい皆様なら、『暗闇に包まれた空間』と回答するのではなかろうか。


 しかし、現在のほしつばめが置かれている状況は、想像・表現が出来るレベルのそれではなかった。

 表現方法として、視覚情報表現が一般的と言えるであろう。

 だが、彼自身、おのれひとみに何を映しているか分からなかった。彼の視界には、光でもなく暗闇でもない、単一で色とは言えない色彩しきさいのみが、永遠と広がっているだけである。


 大抵の人間であれば、“これは夢だ……”等と――つまりは『視覚による映像ではない』という考えにおちいるであろう。そして、大抵の人間ならば、何らかの動揺どうようを示すはずである。異常なものを見せられたら、下手をすれば『ていきょう』におちいるであろう。


 しかし、ほしつばめは、常用している黒縁眼鏡のレンズしに、それを見ていたお陰で、その様な間違ったかいしゃくおちいる事はなかった。夢の中では、眼鏡越しの視界を意識的認識する事など、そうそう無いからである。


 そして、ほしつばめは別の反応を示す。

“……此処ここは?”

 ぼんやりとした頭の中でつぶやいた。


 やはり、この状況を『夢』と脳が無意識にでも判断した結果の反応であったのかもしれない。――いや、自らの状況に問いをするはずがない。夢の中では、それを無意識に理解しているからである。

 目の前の景色を認識しながらも、冷静というか、間が抜けているというか……。

 この事により、『星海燕』という人物像がうかがい知れる。この状況下で、その台詞を思い浮かべるのは、なんともリアリズムに欠けるのだが……。悲しいかな――彼はそんな人物である。「もっと考える事があるだろっ!普通はっ!」という、皆様の突っ込みが聞こえてきそうであるが、仕方が無いのだ。人間社会においては、うきばなれした『変人』という言葉で片付けられてしまう人物なのだから。


 ほしつばめは視線をやや落とす。

“……このは?”

 彼の目には、その思考通りの映像が映っている。

 ぞくに言う『体育座り』で、向かい合う様に座り込んだが、宙に浮いている。フワフワと漂っている訳では無く、ただ、そこに居るのである。まるで、彼の体を中心にして、相対そうたいしているかのように――。


 より一層、非現実的な視覚情報に『夢か幻を見ている』という結論にいたって欲しいところではあるが……そうはならなかった。


“……あれ?……何だろう?”

 不意にほしつばめの思考内でもんしょうじた。

 それがかい的なものによる影響と気が付くまでわずかな時間をようする。

“……この子を知っている……のか?”

 長い黒髪とセーラー服姿のうつむいている為、その顔は見えない。

 しかし、彼はそんな気がしてならない。

 ピクリとも動かないを見ているうちに、彼の記憶の中では、何者かの面影と重なり始める。


 それは、誰だったであろうか――。


 社会生活において、名前と顔を覚える事が苦手であるほしつばめにとって、難航なんこうしたに違いない。


 表情をわずかに変え、視線もわずかに動く。

 今や視線は右へと動き、黒縁眼鏡のふちを、視点が合わない状態でとらえ、は視界の左端にたたずんでいる。

 それが、次第に戻り始める――記憶がよみがえって来ている証拠であろう。

 そして、記憶の中に眠っていた人物と、彼の視線の先のの姿が重なった時、やっと、確信をする。


 そう――知っている。


 ほしつばめは思い出す。

 ひとみに映るとの出会いや、一緒に過ごした時間を、となってしまったあの日を。表情豊かな顔も。そして、忘れていた、その名前を――思い出す。

 そして――その人物の名前を呼ぶ、自らの声が聞こえてくる。

 彼は、その声に合わせるかのごとく、ゆっくりとつぶやく様に口にする。

……さん。……しきみやさん?」


 すると、その声に反応して、かすかにピクっと動く。


 しばしのせいじゃくて、ほしつばめの記憶の奥底に沈んでいた『しきみや』という人物と同じ声が、彼の耳にとどく。

「……ほし……さん?」


 その声は、ほしつばめにとって、なつかしくもここ良い音だった……。

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