第27話 河原で泣く

 ただただ涙が溢れる。しゃがみこんで、二歳の幼子を抱きしめて。

 川に架かる鉄橋を電車が渡る。「がたんごとん」子が小さな指を指して言う。涙がさらに溢れてくる。「そうだね。がたんごとんだね」

 僕には抱きしめてあげることしかできない。もう、すべてどこかに行ってしまった。思い出も心の底で押し潰して消した。思い出は重荷だ。過去は苦痛だ。

 後悔と罪悪感と嫌悪感がこみあげてくる。

 自分の醜さ。人を傷つけたこと。思い切って話したり行動したりすればよかったという後悔。口にしなきゃよかった、やらなきゃよかったという後悔。

 川は波を立てて流れている。その上に広く広く青く青く空がある。

 世界は広大で、時の流れは止まることはない。

 後悔、哀しみ、憎しみ、胸を掻き毟れば血が噴き出す。

 川にはすべてが溶け込み、渦を巻き、そして彼方に流れていく。

 川は海に。海と空は溶け込んで世界に拡がっていく。

 僕は河原で涙を流す。子どもを抱きしめる。

 よろよろと立ち上がる。

 すべてを流し去ろう。

 川に入る。腕の中を見る。幼い僕が抱かれている。僕が僕を見ている。きれいな目をしてたんだなあ。世界は光に満ちていた。

 がたんごとん。鉄橋を電車が渡っていく。がたんごとん。

 音が頭の中に空中に水中に満ち溢れる。

 がたんごとん。

 水嵩は膝までになった。水圧が強くなる。僕は僕を抱きしめる。がたんごとんと言っている頃は楽しかったなあ。世界は明るかった。

 僕は川の中程で流れに足をとられ、横倒しになる。

 ぐるぐると世界が回る。水も空も鉄橋も回っている。

 流れていく先には光があるだろうか。あればいいなあ。

 一瞬でいい。輝く世界を目にしたい。

 僕は暗い水と空の渦の中を回りながら流れていく。ぐるぐるぐるぐる。

 この先に光のあらんことを願いながら。

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