第20話 どこかへ

 どこかに行きたい。小さなショルダーバッグだけで。来た列車に乗って。気が向いた駅で降りて。ふらふらさ迷う。

 これまでの人間関係、責任やら義務やら、過去やら未来やら、悔いも希望も、肉体も脳味噌も、全部振り落とそう。

 もともと何かしたいことはない。死にたいとは思わない。死ぬときはどうやっていたって死ぬのだから、考えたところでどうしようもない。

 生きていれば、あれやこれや、蔦が身体に、脳味噌に絡みつき締め付ける。

 どこかに行きたい。

 列車を何回も乗り換えよう。知らない景色を眼球に映して行こう。身体から力を落下させよう。

 知っている人間がいないところに行こう。「知っている」と言ったって本当のことは何もわからない。何もわからないのにわかったようなふるまいをしなくてよいところへ行こう。

 誰とも話さず。缶ビールを飲もう。喉をビールが滑り落ちていくことだけを感じていよう。

 知らない風景が通り過ぎていくのを眼球に映していこう。何も考えず。

 この先には何かあるのだろうか。何もないのならそれが一番いい。

 僕は田んぼの中を流れる小川で釣りをしている。こういう小川を「ホソ」という。ここでは小鮒が良く釣れる。浮きがツンと動いて沈む。竿を上げる。ぶるぶると振動が伝わってきて、4㎝くらいの鮒が釣れる。鮒は可愛い形をしている。針をそっと外してホソに帰してあげる。列車が走ってきた。山の麓を走ってくる。

 僕は2本目の缶ビールを開けた。水田が広がっている。小川で男の子が釣りをしている。あのホソなら鮒が釣れそうだな。釣りが好きだったなあ。あの頃は、ただ釣りをしていれば楽しかった。

 あの頃は、どこへ行ってしまったのだろう。そして僕はどこに行くのだろう。どこに行っても何もありはしないのに。

 

 

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