第21話 曲がり角

 毎朝通る駅への道。僕は毎日まっすぐに駅へ向かう。

 途中に三本の曲がり角がある。どれも一度も曲がったことはない。

 曲がったらどうなるのだろう。取り返しがつかないことになりそうな思いがこみ上げる。特に春はそういう思いにかられらる。

 春は苦手だ。頭痛と血の気が顔から引いていく感覚にいつも悩まされる。

 その朝は特に頭痛が酷かった。勤めを休もうかと何度も思った。自分の代わりはいくらもいる。どうしても行かなきゃならないのか。でも、自分の担当のところがある。あそこは僕でないとわからないかもしれない。僕は一歩一歩踏みしめるようにして歩いた。

 くらっとした。思わず電柱に手を着いた。冷たい汗が首筋を一筋流れる。深く息を吸って吐いた。

 そこは二本目の曲がり角だった。

 何だか、ひどく懐かしい。そんな感覚が全身を包んだ。

 道はまっすぐに伸びている。でも陽炎が揺れていてあまり先までは見えない。両側は住宅が並んでいるけど人の気配はない。

 この道に入る。そんな気持ちが湧いてくる。いや、やめよう、戻ってこれなくなる、そんな気もする。

 僕はしばらく陽炎を見ていた。

 何か見えないふわっとした柔らかいものが僕の右手をつかんだ。幼児の手のような、少女の手のような。

 僕は右足を踏み出した。陽炎の向こうに行こう。そこには何かある。そんな気がする。

 このままの生活を続けられるのか?続けたいのか?続けてどうなる?何もありはしない。どうしようもない日常生活があるだけなのだ。

 柔らかい手に右手を包まれて僕は歩いた。陽炎の中を。

 目の前がかっと輝いた。眼が眩む。

 次第に周囲の明るさが薄れていく。

 草の香りがする。ひんやりとしてくる。

 夕焼けだ。

 原っぱが広がっている。

 そして幼い僕が虫取り網を持って父親と立っているのが見えた。



 

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