第18話 洞穴

 断崖絶壁の途中にそれはある。洞穴の前は10メートル四方位の平らな庭のようになっている。崖下から見上げても見えない。その庭から下を覗き込むと遥か下に大きな岩の間を流れる川が見える。

 庭には丈の短いさわさわした草が敷きつめたようになっている。寝転ぶと気持ちがいい。

 洞穴の向かって右側には泉があって透き通った水が溢れ出て、崖下に流れ落ちている。

 洞穴から入ったところは乾燥した砂。

 その奥に平らな岩の寝床がある。寝床の上には藁が敷いてある。温度も湿度も心地よい。

 黄金の毛の猿たちや、赤と黄色と緑の大きなインコたちが毎日木の実や果物を運んできてくれる。

 猿たちは時々、藁も取り替えてくれる。

 僕は草に寝転ぶ。雲が形を変えてゆっくり流れていく。鳥が大きく羽を拡げて浮いている。

 ただただ静かだ。ただただ穏やかだ。

 木の実や果物を食べて昼となく夜となく僕は眠る。

 眠っていろいろなところに行く。行くところでは必ず人が殺されている。権力闘争、金儲け、色情、人間はいろんな理由で簡単に人を殺す。僕はその場面を空中から見下ろしている。人殺しより残酷な仕打ちをしている奴らもたくさんいる。

 僕は安穏だ。そして、この安穏は長く続かないこともわかっている。人間は何を望んで生きているのだろう。安穏を望んでいる?そんなことはないだろう。安穏を追い求めていたら生きていけない。安穏と生きることは両立しない。常に死は隣にある。

 もうそろそろだなあと思う。

 ざあっと森が鳴った。

 金色の毛の猿が4頭崖を登って僕の方に近づいてくる。極彩色の羽を広げると2メートル近い鳥が上空を旋回している。

 良かった。これでおしまい。ほっとする。

 猿たちは僕の手足を持って崖の方へ僕を運んでいく。崖の淵に来ると、4頭は調子を合わせて僕を縦に、つまり崖下へ放り出す方向で僕を揺すり始める。その揺り幅と速度はどんどん大きくなる。そしてその頂点で4頭は手を離した。僕は空中に放り出される。

 放り出された瞬間極彩色の4羽の鳥が僕の手足をがっしりと掴む。4羽は旋回しながら上空に昇っていく。僕は空が回っているのを見ている。鳥たちが、くうーと鳴いた。そして僕の手足を離した。

 僕は落ちていく。あの川が流れる岩に叩きつけられるだろう。僕は微笑む。空は澄んでいる。穏やかに透きとおっている。


 

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