第17話 空を飛ぶ
僕はよく発熱する。体が重だるい。ぼんやりする。そういうとき、毎回ではないが体が浮き上がる。
軽々とは飛べない。ある時は地面すれすれに、ある時は屋根すれすれに、ある時は海面すれすれに、やっとこさ飛ぶ。
うん!と体全体に力をこめる。すると、少し浮き上がるときがある。でも浮き上がらないときもある。
浮き上がっても、ほんのちょっと。だめなときは、地面や海面すれすれ。ああ落ちてしまう落ちてしまう。体に力を込めようとする。でも、上手くいかない。どうしようどうしよう。だめだだめだだめだだめだ。
ずっと僕はそうだった。だめだだめだと生きてきた。すれすれに。でも何とかもう少し浮き上がりたい。
ああ落ちてしまう。顔に水しぶきがかかる。土の匂いが鼻の穴に入ってくる。もうちょっと浮き上がれないか。僕は悶える。もうちょっともうちょっと。
上目遣いすると広い空が拡がっている。僕はあそこにはいけない。突然嗚咽がこみ上げてくる。
もう少し飛びたい。飛びたい。体全体に力をこめる。わずかに体が浮き上がる。ああ、ああ、でもこれ以上浮かない。
一生懸命生きてきたつもりです。地べたを這いずるように、でも自分なりには精一杯生きたと思います。もう少しでいいのです。もう少し高く飛ばせてもらえませんか。
うわっと僕は心の中で叫んだ。びゅんと体が上空に飛び上がった。街並みが、彼方の山並みが一瞬目に映り、そして幽かに蒼い光の空間に僕は放り出された。
そこには音はなかった。けれど悲しみも喜びも怒りも慟哭も諦めも憧れも愛しさも憎しみも殺意も慈悲も絶望も希望も大きな渦となっていた。
すべての感情が混濁すると静寂になるんだ。僕はぼんやりとそう思った。一つの感情に拘るから心が傷つくんだ。もういい。すべてを受け入れよう。
僕の体は溶けて渦の中に少しづつ溶け込んでいく。すべての混濁の中へ。静寂の中へ。
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