第12話 桜
桜が咲く。頭痛がひどくなる。空気も貧血になったときのような肌触りで、ぞわぞわする。
皮膚が腫れぼったい。目もぼやけてくる。
桜の木の根元には死体が埋まっている。
死体が桜の木を育てている。
南風が吹く。花が渦を巻く。地面にも、空にも。
桜は嫌いだ。死の香り、死の色。人間は死に向かって生きている。だから、桜の花の下で酒を酌み交わし、はしゃいでいるのだろうか。その時を待ちながら。
死体が盛んに僕に話しかけてくる。何を言っているのかよく聞き取れない。聞いたことがある声のような気がする。思い出せない。
昔、ここで誰かが死んだ。死体は埋められ、桜が植えられた。
願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃
僕は春に死ぬだろう。春は体の具合が最悪だ。でも桜の下は絶対に嫌だ。不快な生暖かい風に舞い散り、雨が降れば薄汚く地面にこびりつく。やめてくれ、やめてくれ、やめて。
埋められている死体は夫婦のようだ。並んで横たわっている。僕に話しかけているのではなく、二人で会話してるのかもしれない。
死んでまで会話したいのか。僕にはわからない。僕は人知れず、死んでいきたい。一人でひっそり。生も孤独、死も孤独。当たり前のことだ。死ぬとき誰かに見てもらっても、それがなんだ。ただ、死ぬだけのことじゃないか。
その山は桜に覆われている。僕は空から見下ろしている。
桜は生暖かい風に花びらを乗せて撒き散らす。花びらは渦を巻く。死体の声は空中に拡がる。視界は霞み、意識は花びらの渦の中に紛れ込み、薄まっていく。
春死なん。
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