第9話 台風

 雨戸がせわしなく音を立てる。みしりと家が音を立てる。

 懐中電灯と缶詰。膨れ上がっていく大きな塊の気配が強くなる。

 貧血のように頭から血が引いていくような感覚。

 父も母も言葉少なだ。

 僕の家が見える。電線が唸る。木々がわっわっと揺れている。木の葉、紙くず、が空を飛ぶ。

 僕の家はちっぽけだ。吹き飛ぶだろうか。

 吹き飛んでしまえ!無くなってしまえ!無くなったって、誰も困りゃしない。ここに家が有ったことすら覚えてないだろ。「ここには家が有ったんだっけかな」ははは。

 空気の密度が上がってくる。息苦しい。髪の毛から水が滴る。プールの中に潜った気分。

 僕はプールが嫌いだ。水は変な臭いがする。口に水が入る。鼻が痛くなる。ほんとにやめてほしい。小学生の頃夏休みに学校のプールに通うのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 それに比べれば今、風と雨にもみくちゃにされてる方が、はるかにいい。僕は、いや、人間は必ず死ぬのだよ。

 でも何故台風が生まれ、人を殺し、川を氾濫させ何もかも流し去るのだろう?

 僕は死ぬとして、ほかの人の幸福は祈るよ。祈るよ。祈るよ。

 僕は空中を溺れながらくるくる回る。

 明るく静かな日々もあったような気もする。

 でも、これでジ・エンド。

 体の回転はどんどん速くなり、意識が朦朧としてきた。

 霞む視野の中を一瞬巨大な蛇のような影がよぎった。目が一瞬あった気がする。鋭いが温かいそして憐み憂いの感情が伝わってきた。

 その影が消えていく、その視野の先で僕の家の屋根が吹き飛ぶのが見えた。

 

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